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トヨタの労働現場 ダイナミズムとコンテクスト  伊原亮司著
トヨタの労働現場 ダイナミズムとコンテクスト

鎌田 慧(ルポライター)氏が激賞

若き学徒が、ライン労働に従事しながら考察、分析した労働現場の真実。

世界的大企業について語るなら、この本を読んでからだ。

四六判/上製/320頁
ISBN4-921190-21-6
本体2800円+税
発行
初刷:2003年5月1日
第2刷:2003年6月30日
第3刷:2005年10月20日
品切れ中

著者の言葉

本書は自動車工場の「体感的」労働現場研究である。

かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と賞賛された日本経済は長期にわたる低迷からいまだ抜け出せずに、ますますその混迷の度を深めている。日本企業もまたこの間、激しい浮き沈みを経験した。そんななかにあって、トヨタはバブル期とその崩壊を挟んで現在もなお「勝ち組」であり続ける数少ない世界企業の一つである。1980年代から90年代前半にかけて、「トヨタ生産システム」は競争力の源泉として国内外で大いに注目を集め、その後も、バブルの後遺症とグローバリゼーションへの対応に苦しむ他の日本企業を尻目に、成長を続けている。2001年度の売上高・利益(連結)とも過去最高を記録し、営業・経常利益は国内製造業として初めて1兆円を突破した(『日刊自動車新聞』、2002年5月14日付)。その勢いはとどまることを知らない。2002年度、4〜12月の9ヵ月間で、すでに前年度の通年実績を上回っている(同上、2003年2月6日付)。「トヨタ一人勝ち」の感がある。

しかし、そんなトヨタといえども、その間、順調に成長し続けてきたわけではないし、常に追い風に恵まれてきたわけでもない。研究者の多くが指摘するように、社会環境の変化のなかで「変革」を迫られていたのである。80年代末から90年代初頭にかけて、ちょうどバブル経済の絶頂期、深刻な人手不足に悩まされた。現場労働は「3K」と嫌われて人が集まらず、入社してもすぐに辞めてしまう。このような厳しい経営環境に直面したのである。その問題に対処すべく、トヨタはドラスティックな「変革」に着手する。(中略)

これまでの人と機械を分離させる自動化を改め、「人と機械を共存させる自動化」を考案した(「インラインの自動化」)。長大なラインをところどころで区切って、ライン・ストップのプレッシャーを軽減させ、さらには単純作業の寄せ集めにすぎなかった従来の作業を車両機能ごとにまとめ、労働者が自らの労働の意味づけを行いやすくした(「自律完結工程」)。そのほかにも、組立ライン作業の困難度を定量化し、困難度の高い作業を改善することで若手労働者の定着率を高め、高齢者や女性にも働ける現場づくりをめざした。

こうしてトヨタは、試行錯誤を繰り返しながらも、常にその路線の見直しを進めてきたのである。この「変革」に対して、経営学者は、競争力という観点から、概ね好意的な評価をくだしている。従来、競争優位の源泉として「トヨタ生産システム」の個々の管理手法が取り上げられてきたが、近年、トータルな「進化」能力に注目が集まっている。

一方、労働研究者の場合には、「変革」に対する好意的な評価に限定を付けることもあるが、全体的な傾向としては、やはり肯定的な評価が主流を占めているといえよう。

しかし、どのような評価をくだすにせよ、まずはトヨタの労働現場の実態を把握する必要があることは自明の理である。そのためには、労働現場のあり方を経営側の説明から推測したり、生産システムから演繹的に導き出したりするだけでなく、現場の視点から検証すること、現場における「コンテクスト」を丹念に読み解くことが求められるであろう。

こうした問題関心から、私は、2001年7月24日から11月7日までの3ヵ月半あまり、一期間従業員としてトヨタで働きながら、労働現場の実態をみてきた。私の配属先には、上記の新しいコンセプトが随所にみられた。しかもそこは、トヨタのモデル的な現場であったらしく、私が働いた短い期間にも、副会長、常務、工場長が査察に訪れている。偶然ではあるが、このようなラインに配属されたおかげで、「変革」後のトヨタの現場を多少とも体感できたと思っている。

目次
  • はしがき
  • 序章 入社
  • 第1章 工場・組・勤務形態
    1. 工場の概要
    2.  
    3. 組の概要
    4. 勤務形態
  • 第2章 現場労働
    1. 日常業務
    2.  
    3. 改善活動とQCサークル
    4.  
    5. ローテーション
  • 第3章 現場労働者の「熟練」
    1. 日常業務をとおして形成される「熟練」
    2.  
    3. 「キャリア」形成をとおして身につけていく「熟練」
    4.  
    5. まとめ--「熟練」の評価
  • 第4章 現場労働者の「自律性」
    1. 現場労働者の「自律性」の実態
    2.  
    3. 労働量の「規制」
    4.  
    5. まとめ--現場労働者の「自律性」の発揮と「規制力」の行使との関係
  • 第5章 労働現場における管理過程
    1. 機械・装置をとおして行使される権力
    2.  
    3. 職場運営をとおして行使される権力
    4.  
    5. まとめ--労働現場におけるコンテクスト
  • 第6章 選別と統合--労務管理の実態と労働者の日常世界
    1. 選別
    2.  
    3. 統合
    4.  
    5. まとめ--緻密な管理の網の目
  • 第7章 労働現場のダイナミズム
    1. 職場におけるコンフリクト
    2.  
    3. 「受容」と「抵抗」のはざまで
    4.  
    5. まとめ--労働現場のダイナミズムとは
  • 終章 退社--労働市場と労働現場
  • 補論 日本の自動車工場の労働現場にかんする調査研究の動向--「熟練」にかんする議論を中心に--
  • 参照文献
  • あとがき
著者
伊原亮司(いはら・りょうじ)

一橋大学商学部卒業
一橋大学社会学研究科博士後期課程修了(社会学博士)
現在 岐阜大学地域科学部准教授

著書
『トヨタの労働現場:ダイナミズムとコンテクスト』(桜井書店,2003年)
『私たちはどのように働かされるのか』(こぶし書房,2015年)
『トヨタと日産にみる〈場〉に生きる力:労働現場の比較分析』(桜井書店,2016年)
『ムダのカイゼン,カイゼンのムダ:トヨタ生産システムの<浸透>と現代社会の<変容>』(こぶし書房,2017年)
『合併の代償:日産全金プリンス労組の闘いの軌跡』(桜井書店,2020年)
共訳書
共訳 デービッド・F・ノーブル『人間不在の進歩』(こぶし書房,2001年)