1980年代以降グローバリゼーションと新自由主義的規制緩和(構造改革)の波が世界を覆った。先進資本主義諸国では、福祉国家と称される現代資本制国家の手厚い社会保障・社会福祉制度の見直し、削減が強行され、国有企業は解体・民営化され、公共性の観点から歴史的に公的規制が加えられてきた多くの分野(労働、医療・保健、教育、金融、交通、電力等)で規制が緩和・撤廃された。市場メカニズムこそが資源の最適配分をもたらすのであり、政府は自由な企業活動を保証するだけで余計な規制は不要という市場万能論が幅を利かした。市場経済化の波は、自由主義諸国における規制緩和としてだけではなく、ロシアを含むかつての東欧社会主義諸国、社会主義的市場経済を模索している中国やベトナム、さらにはインドなどで、積極的な外資の導入と市場経済化の推進となって現れた。国際経済関係という面でも、自由・無差別・多角・相互主義の原則を謳ったGATT体制が、新たに知的所有権の保護や自由な直接投資をカバーするWTO体制へと強化され、発展途上国は自由貿易と資本の自由化を事実上強制されることになった。
だが、今世紀に入って、一方で、先進資本主義各国において社会的格差の拡大に対する不満が噴出するようになった。他方で、1980年代以降生産過程に再投資できない過剰な貨幣資本の投機的な資本運動によって、国際的に金融危機が繰り返され、ついに昨年アメリカのサブプライムローンの焦げ付きに端を発して世界金融危機が勃発し、それは今まさに世界経済危機に転化しつつある。社会的格差の拡大と大量失業の発生によって、新自由主義の見直しを求める国民世論は各国で強まっている。世界金融危機と世界経済危機との相乗作用が懸念される現在、一時代を風靡した新自由主義が一つの転換点を迎えたことは疑いない。問題は、新自由主義の見直しが、今後どの方向に向かってなされるかであろう。
本特集は、この問題を考える前提作業として、新自由主義的な規制緩和が、それぞれの経済部門、市場部面で実際にどのように遂行され、従来の規制体系とどのような対立関係を生んできたのかを具体的に検証することを目的としている。政府による規制が、市場で売買される商品の性格、内容、それらが国民経済・国民生活において占める位置によって、異なる仕方で発動されることは言うまでもない。本特集では、市場と規制との関連を問うという視角に立って、敢えて産業的連関の乏しい、また市場で取引される商品の性格という点でも関連性のない航空、農業、金融、労働という四つの部面を抽出した。そこで示された市場と規制の現代的相克の主要な内容は、以下の通りである。
塩見英治「米国による航空規制緩和・オープンスカイの展開と競争政策─国内市場と国際市場への影響と帰結─」が対象とする航空産業では、市場は国内市場(国内線)と国際市場(国際線)とに空間的に区分されており、それゆえ航空産業に対する政府の規制ならびに規制緩和の次元も国内市場と国際市場では最初から異ならざるをえない。著者は、戦後世界の航空産業を主導し、また世界に先駆けて航空規制緩和を実現してきた米国に焦点を当てて、まず国内における規制緩和の具体的な経過・特徴とそれが及ぼした影響と帰結を、市場構造と企業行動の理論的枠組みのもとに分析している。米国の場合、国内の規制緩和は規制機関であるCABの解散に示されるように、きわめてドラステイックなものであった。これに対して、国際市場における規制緩和は、基本的に「運行の権益が相互に乗り入れる二国間でのフレームワークで取り決められていることから、部分的、かつ逐次的、段階的に進行せざるえない」。この国際市場における二国間主義の変容をもたらしたものが、米国のオープンスカイ型自由化とEUの市場統合型自由化である。筆者は、ナショナルセキュリティや取引面での均等性の問題から、航空産業では多国籍企業のグローバルな展開が全面的自由化の形態をとるのではなく、四大陸の代表企業からなる国際間の三大グローバル・アライアンスが形成されていることに着目している。
岩田勝雄「WTO体制と農業問題」は、GATT体制の自由貿易志向を、直接投資や知的所有権の保護、農業分野の開放にまで拡張しつつあるWTO体制を念頭において、世界の農業問題を論じている。その中心的な問題が、先進国における農業保護政策と多国籍企業やアグリビジネス等による世界的な農業部面での生産・技術支配や流通支配である。それによって、アフリカ、アジアなどの発展途上国では、自給自足的な農業だけでなく、商業化した農業までもが、立ちいかなくなっている。リカードやオリーンが想定していたような比較生産費説に基づいた理想的な外国貿易・国際分業関係は、現実には成立していない。農業関連産業と一体となったアグリビジネスが、資本=利潤の論理に基づいて地域別・国別に農業生産の選別・差別化を推進している。その基礎上で、アメリカ、EUなどの先進国は、一方で農産物を世界中に輸出しながら、他方で国内における自由化を拒否し、農業保護政策を堅持している。筆者は、その理由の一端を、近代国家成立の背後にある市民的権利の保護に求め、その主要な内容の一つとして市民を飢餓から解放する、そのための条件としての国内での食糧生産・調達に維持に求めている。この立場から、筆者は、多国籍企業やアグリビジネスによる農産物市場のグローバルな統一化要求と独自の土地所有形態・農業生産形態を持つアフリカ、アジア諸国の農業維持政策との対立を描き出している。
鳥畑与一「サブプライム金融危機に見る投機的市場と規制の相克」は、今回の世界金融危機を、金融部面における「自由放任主義の破綻=『市場の失敗』であると同時に、それに対する適切な規制監督を行わなかった『政府の失敗』に起因するもの」として位置づけている。金融自由化政策のもとで、キャピタルゲインの獲得を主要な収益源とする投機的な貨幣資本=コングロマリット化した大規模金融機関が、金融工学とデリバティブ取引を駆使して自ら高度なリスク管理体制を構築した。金融監督当局は、この市場規律が有効であることを前提に、金融機関に対してリスク計量化モデルでは予測困難なリスクの顕在化に備えて、一定水準の自己資本の保有を求めた。だが、現実には、リスクに見合った金利設定によるハイリスク層への貸出の拡大は、家計の支払能力を無視した貸出に帰結し、消費者ローン市場の破壊をもたらした。しかも、市場規律がより働くということで推進された貸出債権の証券化、各種の証券化商品の開発は、利益の享受者と損失の負担者を時間的・人格的に分離することによって、リスクテイクに対する自己責任を消失させた。個別金融機関によるリスク管理の徹底=リスクの社会的転嫁・分散が金融システム総体としてのリスク総量を膨張させ、自己資本比率規制を有名無実化させた。筆者は、新たな金融規制は、貨幣資本の投機性と略奪性の制限にまで踏み込まなければならないと主張する。
木下武男「雇用をめぐる規制と規制緩和の対抗軸」は、雇用システムについて、縦軸に「ジョブと年功」を、横軸に「規制緩和と規制強化」をとることによって類型化している。このマトリックスに従えば、ジョブ型賃金と同一労働同一賃金原則が確立しているヨーロッパでは、正社員も非正社員も規制された雇用関係の下で雇用の安定と安定した賃金を確保している(第1象限)のに対して、日本型雇用システムのもとでは、正社員だけが同様の地位を確保しているにすぎず(第4象限)、1990年代以降急増した非正社員は安定した雇用からも人間たるにふさわしい賃金水準からも排除されている(第2象限)。筆者は、日本的雇用の見直しを推進している経営者サイドにおいても、「日本型雇用システムの縮減・温存と非正規社員の収奪的活用」をめざす日本経団連と、「日本型雇用システムの廃棄と均等待遇」をめざす経済同友会との間に、路線上の分岐を見ている。そのうえで、1999年の派遣業務の原則自由化と2004年の製造業への解禁によって、派遣労働などの非正規雇用が家計補助型から家計自立型にまで拡大している現状を是正するためには、まずは労働者派遣法を1999年段階に戻すことによって派遣労働を一定の制限下におき、有期雇用についても制限を強化し、さらに、非正規雇用の収奪的利用を排除するために同一労働同一賃金原則の確立に基づく転職可能な「ジョブ型正社員」への移行を提案している。
(米田 貢)