本書は「格差社会」と「グローバリゼーション」をキーワードに現代経済を読み解くことを課題にしている。
日本において経済格差の拡大が議論され始めたのはバブル崩壊後の不況が悪化した1990年代後半であった。ここ数年、景気回復が言われるようになったなかでも、格差は解消に向かうどころか、拡大しさえしている。いまや日本は再び誰の目にも明らかな格差社会になった観がある。
日本社会が抱える格差は、所得格差、資産格差、地域格差、教育格差、医療格差、ジェンダー格差など多岐にわたっているが、近年とくに大きな問題になってきたのは、非正規雇用の増大に起因する若年層の労働所得の二極分化である。パート、アルバイト、派遣などの非正規労働者は、雇用が有期かつ細切れで、たいていは時給が低く、昇給制度もなく、賞与その他の諸手当がほとんどなく、社会保険も適用されないことが多い。その結果、1人の労働所得だけで生活している場合には、勤勉に働きながら貧しい生活から抜けられず、文字通りワーキング・プアの状態に置かれる。
非正規雇用のなかで近年とりわけ批判が集まっているのは派遣労働である。派遣の「常用代替」としての活用が拡がるなかで、正社員の業務をさせられたり、派遣契約にはない残業をさせられたりする派遣労働者が増えてきた。また、労働者派遣法の相次ぐ規制緩和によって、製造業への派遣の導入が堰を切ったように進むなかで、「偽装請負」と呼ばれる、実態は派遣でありながら、請負契約を装うことで企業が使用者責任や直接雇用義務をまぬがれる、違法な働かせ方がメーカーの生産現場に拡がってきた。さらに最近では、携帯電話やメールで指示を与え、あちこちでその日その日の肉体労働をして6000〜7000円の日当を支払う「スポット(日雇い)派遣」が広がってきた。
格差社会の進行のなかで、正社員の間でも労働環境の悪化が深刻な問題になっている。さき頃発表された2007年版『労働経済白書』は、正社員の働き方に言及して、60時間以上働く労働者が30〜40歳台の男性で増加し、長時間労働にともなう職場ストレスの増大が生じていると指摘する。そして、最近の景気回復過程ではとくに大企業において利益改善が著しく、配当金の大幅な増加に加えて、内部留保と役員報酬の増加がみられる一方で、「労働生産性の上昇の成果は、賃金の上昇にも労働時間の短縮にも配分されていないために…労働分配率は、大きく低下している」(240ページ)ことを強調する。この点で留意すべきは、正規雇用と非正規雇用の間の賃金や労働時間の二極分化をともないつつも、「経済成長と労働生産性向上の成果について、十分な配分が受けられていないという点においては、正規雇用も非正規雇用も同じ課題を有している」(241ページ)ことである。
同白書でも示唆されているように、こうした経済社会の変化や雇用システムの変容の大きな背景をなしているのは、グローバリゼーションにほかならない。世界の諸地域間の経済関係の時間的・空間的結びつきの緊密化をもたらした経済活動のグローバル化は、この四半世紀に次のような動きをともなって進行してきた。
(1)資本の自由化が進んで、資本の国際移動がますます活発になるとともに、国際金融取引がかつてなく大規模になってきた。
(2)いくつもの国に生産設備や販売拠点をもつ多国籍企業を中心に、先進国相互間および先進国と途上国の間で対外直接投資と対外現地生産が拡大してきた。
(3)インターネットや衛星通信などの情報通信技術の高度な発達によって、経済活動の世界的一体化と24時間化が進んできた。
(4)「小さな政府」と「競争社会」をスローガンに規制緩和と民営化を唱える新自由主義の政治思想が巨大企業の自由を拡大し、グローバル化を後押ししてきた。
(5)旧ソ連や東欧諸国で社会主義が挫折し、それらの地域が資本主義的市場経済に全面的に移行してきた。
(6)韓国、台湾、香港、シンガポール以外のアジア諸地域でも工業化が加速し、中国が「世界の工場」といわれるまでに急激な経済成長を遂げてきた。
経済産業省の2005年度版「海外事業活動基本調査結果概要」によると、製造業における日本企業の海外生産比率は過去最高の16.7%になった。業種別では情報通信機械は34.9%、輸送機械は37.1%に達している。日本企業の現地法人による雇用者数は435万人、うち製造業が361万人を数える。地域別ではアジアが305万人でもっとも大きな割合を占める。こうしてグローバリゼーションが進むと、低価格競争が世界的に激化し、多国籍企業の進出先で働く現地労働者の低賃金の影響を受けて、本国の不熟練労働者の雇用が不安定化し、賃金が切り下げられる傾向がある。日本国内の製造現場において、パート、派遣、請負などの非正規雇用が拡がっているのもその表れである。
(本書「はしがき」より)