- 季刊・経済理論 第58巻第4号(2022年1月)特集◎コロナ危機下の財政政策とMMT
- 目次
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[特集◎コロナ危機下の財政政策とMMT]
- 特集にあたって 星野富一
- 現代貨幣理論(MMT)と金融の不安定性:一つの批判的検討 二宮健史郎
- 管理通貨制=不換通貨制下における財政・金融政策の有効性:MMTないし反緊縮三派の妥当性をめぐって 新田 滋
- コロナ対策の財政政策 池上岳彦
- 現代資本主義と財政赤字 岡本英男
[論文]
- 現代の金融危機とShadow Banking System:サブプライム金融危機に関連して 清水正昭
[書評]
- 厳 成男著『東アジア労働市場の制度改革とフレキシキュリティ』 李 晨
- 宮澤和敏著『資本主義動態の理論:景気循環と構造変化』 江原 慶
- 篠原弘典・半田正樹編著『原発のない女川へ:地域循環型のまちづくり』 後藤康夫
- 松尾 匡編著『最強のマルクス経済学講義』 大西 広
- 大西 広著『マルクス経済学 第3版』 橋本貴彦
- 基礎経済科学研究所編『時代はさらに資本論:資本主義の終わりのはじまり』 八木紀一郎
- 小西一雄著『資本主義の成熟と終焉:いま私たちはどこにいるのか』 柴垣和夫
論文の要約(英文)
刊行趣意・投稿規程
編集後記 田添篤史
- 特集にあたって
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新型コロナウイルスによるパンデミックの発生から2021年11月下旬で約2年、幾度にも及ぶ感染拡大の波や変異株の出現等に翻弄されつつ、世界の感染者数はアメリカの4800万人をトップとして累計で2億6000万人強、感染による死亡者数は500万人を越えている。こうした感染と経済危機の広がりに伴い、各国の財政赤字は否応なしに膨張している。対GDP比で見る財政赤字の規模は、第二次大戦直後をも含めて、過去最大規模に膨れ上がっている。各国の政治指導者や財政当局は勿論のこと、多くの経済学者も、巨額の財政赤字が各国及び世界の経済や財政に今後いかなるリスクを負わせることになるのか、その先行きに強い懸念を抱いている。日本の場合、国と地方を合わせた一般政府の長期債務残高は1166兆円に達し、その対GDP比は256.2%と突出し、先進諸国の中では最悪レベルに達している。にも拘わらず、総選挙期間中には、与党であるか野党であるかを問わず各種給付金の支給や消費税率の引き下げといった様々の公約が掲げられていた。こうした動きに対して現職の財務次官は「このままでは国家財政が破綻する」との危機感を露わにする論文を発表し、財政再建に向けた手綱の引き締めに躍起となっている。総選挙後には、コロナ危機後の景気回復策と並び財源問題が新たな焦点の1つになってくるのは必定であろう。他方、日本ほどに財政状況が悪化していない先進諸国の場合にも、財政赤字の膨張に歯止めを掛け、財源を確保しようという動きが当然ながら見られる。既にイギリスやアメリカでは、企業や富裕層への課税強化を探る動きが起きている。また国際的にも、これまでの新自由主義政策による企業に対する各国間での税率の引き下げ競争などには一定の歯止めが掛かりつつある。
しかしながら、そうした財政赤字の膨張に対する懸念が広がる一方で、ランダル・レイやステファニー・ケルトンといったMMTを代表する経済学者たちは、インフレの高進以外に財政赤字を懸念する必要は全くないという、これまでの財政学の常識を根底から覆す大胆な理論を展開している 。それによれば、自国の通貨を発行し、且つ変動相場制を採用するいわゆる主権通貨国の場合には、通貨は無制限に発行出来るのであるから、財源問題を考慮する必要はないというのである。また、生産能力が破壊された第一次大戦後のドイツや第二次大戦直後の日本のような場合とは異なり、過剰生産能力を抱える現在のデフレ経済下では、ハイパーインフレが発生する恐れもないというのである。我が国でもそうしたMMTを中心とするいわゆる反緊縮三派の主張を強く支持する著名な経済学者として、例えば松尾匡氏や岡本英男氏などがいる。
こうしたMMTなど反緊縮派の主張に対して、主流派の経済学者や各国の財政当局はそれに強く反論しており、国内外で大きな論争が巻き起こっているのは周知の所である。これに対して、ポスト・ケインジアンやマルクス派等、主に本学会に集う非主流派の経済学者たちは、このMMTなど反緊縮派の主張に対してどのように考え評価しているのであろうか。
そこで本号では、コロナ危機下の実体経済や財政金融政策等の現実分析に加えて、従来の経済学に対する大きなパラダイムシフトをも企図するMMTを我々はどう評価するべきかとの観点から、ポスト・ケインズ派、マルクス派、財政学の各分野から計4人の専門家に自由闊達に論じて頂きたく、今回の企画を行った次第である。(以下略)
(星野富一)
- 編集後記
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「コロナ危機下の財政政策とMMT」というテーマで、今号をお届けいたします。近年になり注目を集めているMMTですが、肯定・否定の両面から今後も多くの議論が続いていくと思われます。私見では今回ご執筆いただいた4名の方の論文の中で、二宮論文、新田論文、池上論文の3本については、一部肯定しつつも厳しい評価を、対して岡本論文では肯定的な評価を行っていると言えると思いました。MMTは取り扱っているテーマが巨大なものであり、またMMTに分類される研究者の中でも細部では違いが存在し、学派全体として必ずしも統一的な主張がなされているとはいえないという状態です。そのためどの部分に注目するかによっても評価が大きく変化すると思います。
私自身、今年の7月に市民を対象とした講座でMMTの紹介をしたことがあります。市民向けということもあり、そこでは「民主主義」に対する信頼という点に注目してMMTに対する私なりの評価を行いました。『季刊 経済理論』は経済学の学会誌であり、当然のことながら今回ご執筆いただいた4名の方々の論文も、経済学・財政学の専門的知見に基づいたものとなっております。編集後記という場であることに甘えさせていただき、経済学という観点からは逸脱しますが、市民講座の場で私が話した内容について簡単に紹介させていただきたいと思います。
今号の特集論文を含む多くの論考が指摘しているように、MMTの主張には理論的な穴も多く、理論的観点から厳しい評価を行うことは容易です。個人的には、MMTに対して肯定的に評価を与えることができるとすれば、以下の2点を強調していることにあると思います。1つ目は民主主義的決定の大切さの強調、ないし復活させる必要性を示していること。2つ目として、政府は公共のために存在しているということを改めて強調しているという点です。
MMTに対する批判として、MMTは上限なく支出することを要求しているというものがありますが、これに対してMMT側は、民主主義的手続きにより編成された予算によって政府支出は管理すべきであり、またそれによって十分にコントロールできると考えているという形で反論しています。この点をみるとMMTには、議会の予算編成過程を通じた民主主義的決定過程の重要性に対する信念が根底にあるように思えます。この点は財政赤字の原因を「共有地の悲劇」に求め、財政均衡を民主主義の暴走を食い止めるために必要な「迷信」とみなす、学問的には民主主義的決定に対して懐疑的な傾向がある主流派経済学との大きな違いでしょう。
またMMTは、政府の本来的役割は公共の目的を達成することにあるのであり、予算がないからなどといった言い訳でそれを行わないようにすべきではないということも強調しているように思います。この点をあわせて考えると、MMTは民主主義を信頼し、政府を民主主義的コントロールのもとに「取り戻し」、一部の人のためではなく、公共のために機能するようにしようという巨大なイデオロギー闘争の一部と解することができるかもしれません。
とはいえ、どれほど崇高な信念に基づいた行動であっても、現実の社会においては意図とは逆の結果を招くこともあります。MMTの根本的な問題意識は是としそれを活かしながら、経済学・財政学的な分析を深めることで、それを実現する政策を現実のものとできるような道を探るということが本学会に求められていることなのだと思います。
以上、編集後記という場に甘えさせていただき、拙い私見を述べさせていただきました。今号の特集が,読者の皆様がMMTについて考察するきっかけ、参考になるとともに、より幅広く現代に求められる政策に関する研究の刺激となれば幸いです。
(田添篤史)
- 編集委員
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委員長
- 宮澤和敏(広島大学)
副委員長
- 鍋島直樹(名古屋大学)
編集委員
- 阿部太郎(名古屋学院大学)
- 泉 正樹(東北学院大学)
- 田添篤史(三重短期大学)
- 羽島有紀(駒澤大学)
- 星野富一(富山大学)
- 森本壮亮(立教大学)
- 村上研一(中央大学)
- 吉田博之(日本大学)
経済理論学会について詳しくは、同学会のホームページ
http://www.jspe.gr.jp/
をご覧ください。