- 季刊・経済理論 第57巻第4号(2021年1月)特集◎ポスト・ケインズ派金融分析の新展開
- 目次
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[特集◎ポスト・ケインズ派金融分析の新展開]
- 特集にあたって 二宮健史郎
- 日本経済における金融不安定性と負債比率の決定要因 西 洋
- 地域銀行の多様性戦略:実績と展望 得田雅章
- 日本製造業の金融化と資本蓄積:ミクロ・データによる実証分析 嶋野智仁
[論文]
- 中国の台頭と段階論の再検討:一つの宇野理論的パースペクティブ 樋口 均
[書評]
- 森田成也著『新編 マルクス経済学再入門(上・下巻)』 深澤竜人
- 大橋 陽・中本 悟編著『ウォール・ストリート支配の政治経済学』 飯島寛之
- 十名直喜著『人生のロマンと挑戦:「働・学・研」協同の理念と生き方』 和田幸子
- SHIOZAWA Yoshinori, MORIOKA Masashi, and TANIGUCHI Kazuhisa, “Microfoundations of Evolutionary Economics” 西 洋
- 伊原亮司著『合併の代償:日産全金プリンス労組の闘いの軌跡』 三家本里実
- 後藤康夫・後藤宣代編著『21世紀の新しい社会運動とフクシマ:立ち上がった人々の潜勢力』八木紀一郎
[書評へのリプライ]
- 佐藤公俊氏による拙著『テュルゴーとアダム・スミス』の書評へのリプライ 中川辰洋
- 『左派・リベラル派が勝つための経済政策作戦会議』に対する川口和仁氏の書評へのリプライ 松尾 匡
- 『マルクスの物象化論[増補改訂版]』にたいする吉原直毅氏の書評へのリプライ 佐々木隆治
日本学術会議の第25期推薦会員任命拒否をめぐる問題について
- 政府による日本学術会議への介入強化に対する抗議声明 経済理論学会幹事会
- 日本学術会議第25期推薦会員任命拒否に関する人文・社会科学系学協会共同声明
- The JSPE Statement against the Government's Intervention in the SCJ
論文の要約(英文)
刊行趣意・投稿規程
編集後記 星野富一
- 特集にあたって
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2020年度は、東京オリンピックが開催される予定であった。東京オリンピックの開催は、低迷を続ける日本経済を成長軌道に導く起爆剤として期待されていた。しかしながら、新型コロナウィルス感染拡大の影響により延期に追い込まれ、感染拡大は経済にも極めて深刻な影響を与えている。その影響は、2007年から2008年にかけて発生したサブプライム問題に端を発した世界的な金融危機を上回り、1930年代の世界大恐慌以来の大不況になるとの指摘もなされている。
他方で、2020年度は、バブル経済崩壊後 30 年の年でもある。日本経済は1991年のバブル経済崩壊以降、景気の長期低迷という困難に直面している。日本経済は、「失われた10年」が「失われた20年」になり、「失われた30年」と呼んでもよいほどの景気の長期低迷に苦しみ、現在もなおデフレからの脱却もできていない。それに追い打ちをかけるように、新型コロナウイルス感染拡大に伴う負の需要ショックに襲われている。そして、この 30 年の間は、マルクス経済学やポスト・ケインズ派等、経済理論学会を基盤としている経済学もまた、1989 年のベルリンの壁の崩壊、1991年のソ連の崩壊と相俟って非常に困難な状況にあったと言える。
経済理論学会では、2001 年の共通論題「アメリカの繁栄を問う」でミンスキーの金融不安定 性仮説がとりあげられ、当時の絶好調なアメリカ経済に警鐘を鳴らしていた。しかしながら、日 本経済は就職氷河期とも言われる状況であり、新自由主義に基づく規制緩和、競争促進政策 か?断行され、経済理論学会の警鐘は全く顧みられることはなかったのである。それどころか、 一部の新古典派経済学、新しい古典派には勝者のおごりが見られ、その警鐘は嘲笑の対象 になっていたとも言える。マルクス経済学は淘汰されるのだと。
市場メカニズムを重視する新古典派経済学、新しい古典派の絶対的支配に小さな風穴を 開けたのは、2007 年に顕在化したサブプライム問題に端を発した世界的な金融危機である。 それまで全く軽視されていたミンスキーの金融不安定性仮説がにわかに注目を浴びるようになったのである。また、市場経済化による格差社会の顕在化もあり、マルクス経済学にも復権の 兆しが見えるようになってきた。ポスト・ケインズ派経済学においても、金融不安定性分析のみ ならす?、カレツキアン・モデルやストック・フロー・コンシステント・モデル等の研究が積極的に行われている。また、長期的には、ヴィクセル的物価調整メカニズムにより潜在的GDPに収束すると主張するニュー・コンセンサス・ マクロ経済学に対する批判的検討なども展開されている。
経済学の存在意義とは何であろうか。制度化された経済学では、ランキングの高い国際学術雑誌への論文の掲載が第一目標となる。勿論、国際学術雑誌への論文掲載を目指すことや世界に自らの研究を発信することは、主流派、非主流派経済学を問わず研究者としての責務であることは言うまでもない。しかしながら、ランキングの低い非主流派経済学は、それだけで 価値が低いものして軽視される傾向にあることもまた事実であろう。
経済学の存在意義の一つは、来るべき危機に対して警鐘を鳴らし、危機を回避することではないのだろうか。そして、エリザベス女王の言葉を待つまでもなく、サブプライム問題に端を発した世界的金融危機を回避できなった経済学、特に新古典派経済学、新しい古典派には大きな責任がある。さらに、「真理の探究」や「学問の自由」を揺るがしかねない事態が戦後70年を超えた現在においても起こっていることは、極めて憂慮すべきことである。この場を借りてあえて述べるまでもないということは重々承知しているが、学問の多様性が失われたとき、いつか来た道を再び歩むことになるのではないかとの危惧を覚える。
ポスト・ケインズ派等の非主流派経済学は、資本主義経済は内在的に不安定であり、景気変動も内在的に発生すると考えている。今回の新型コロナウイルスに起因する経済危機は、資本主義経済に内在する要因に端を発したものではない。しかしながら、外生的なショックが資本主義経済に内在する不安定性を誘発する可能性もある。また、サブプライム危機以降、ポスト・ケインズ派では金融不安定性分析のみならず、カレツキアン・モデルやストック・フロー・コンシステント・モデル、金融化、ニュ ―・コンセンサス・マクロ経済学に対する批判的検討等において金融的側面を検討した研究が進展している。そして、ポスト・ケインズ派においても計量経済学に基づく実証分析も着実に増えている。
本特集では、「ポスト・ケインズ派金融分析の新展開」として、西洋会員(阪南大学)、得田雅章会員(滋賀大学)、嶋野智仁会員(松山大学)に、それぞれの視点で金融的側面から資本主義経済を分析した論考をご寄稿頂いた。本特集の執筆者は、既にポスト・ケインズ派金融分析で優れた業績を挙げており、本特集の諸論文もまた多くの視座を提供するものであると確信している。(以下略)
(二宮健史郎)
- 編集後記
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本号の特集テーマは「ポスト・ケインズ派金融分析の新展開」である。昨今、大きな注目を集めるいわゆる金融化現象を3人の会員が、日本経済に焦点を当てつつ実証面より分析を行っている。西洋会員は、ハイマン・ミンスキーの金融不安定化仮説に基づき、1969年から2018年までの日本企業におけるヘッジ金融、投機的金融、ポンジ金融の割合を検証している。それにより、各時期における金融不安定性の有無を検出し、近年では不安定性が低下しつつあるという。また得田雅章会員は、日銀が採用したゼロ金利政策以降における地域銀行の多様化戦略を、貸出産業別多様化、業務多様化、地理的多様化に分け、それぞれの戦略が地域銀行の収益やリスク等のパフォーマンスにいかなる影響を与えたのかを実証的に分析している。それによると、貸出産業の多様化策は、短期、中期、長期のいずれを見てもパフォーマンスを悪化させるのに対し、業務多様化策は各種パフォーマンスを改善させること、さらに地理的多様化は、短期のパフォーマンス向上の観点からは進めるべきだとはいえ、無軌道に行うべきではなく、一定の範囲にとどめるべきである、等々の示唆が得られたとする。さらに、嶋野智仁会員は、日本の製造業企業の金融化現象が資本蓄積や研究開発投資、配当支出に与える影響を実証的に検討している。それによると、単独決算データを用いた企業の金融化の特徴は、関係会社有価証券の保有比率の大幅な増加と関係会社からの受取配当金の増加に見られること、しかし、それによる金融的収益の増加は国内の資本蓄積を促進する効果を持つものではなく、むしろ(産業ごとに差違もあるとはいえ)研究開発投資を促進する効果を持つというのである。
以上のように3会員は計量分析の手法を用いつつ、日本経済における金融化現象を分析している。計量分析の手法に疎い筆者にはその分析の細部までをきちんとフォローすることは困難ではあるが、それぞれの論文の問題意識や結論から学ぶべき点が多かった。今回の特集号を目にされた本誌の読者にとっても極めて有益な示唆を得られたことと確信している。今回の特集のためにご労作を寄稿された3人の会員と、特集の企画や取り纏めに多大なご尽力をされた編集委員の二宮健史郎氏に感謝を申し上げたい。
ところで、二宮氏も既に言及されているように、日本経済を含む世界経済は今、新型コロナウイルスの感染拡大による「負の需要ショック」に襲われている。しかも、危機は需要面だけにはとどまらず、グローバル化の中で各国間に張り巡らされた企業のサプライチェーンが各国による国境の閉鎖措置によって強制的に寸断された結果、供給面にも大きな衝撃を与えた。2007-08年の世界金融危機は100年に一度の経済危機だとも言われたが、今回の危機は需要・供給の両面でそれを遙かに凌ぐ衝撃を及ぼしたのであり、今後、本誌でも取り上げられてよい重要なテーマの一つであろう。
小論の結びに当たり、本学会の会員にとっても決してないがしろには出来ない学問の自由の問題についても最後に触れておきたい。菅政権の発足早々に、日本学術会議から推薦された105人のうち6人が菅首相によって任命を拒否された問題が公になった。過去に日本学術会議が軍事研究への反対声明を出したことや、候補者が以前に安倍政権の推進する安保法制等に反対したことがその主な理由と見られるが、それは明らかに、憲法で保障された学問の自由や言論・表現の自由への重大な侵害である。だがこの問題と並んで同じ位に重要な問題は、昨年末に日本経済新聞社「NIKKEI STYLE」に掲載されたインタビュー記事の中で東大経済学部長が、「ある時点で、東大の経済学部はマルクス経済学を専攻する専任教員は新規に採用しないという意思決定をしました。」と発言したとされる問題である。もし、これが事実ならば、東大経済学部が特定分野の学問研究者を組織的に排除する決定をしたということであり、正しく学問の自由に対する挑戦である。本学会が直ちに東大総長や東大経済学部長、日本経済新聞社に対する公開質問状と抗議文を提出し、結果的にその発言を撤回させたとはいえ、関係者の謝罪も処分も一切ない。しかも問題発言が公にされた事実は極めて重く、またその影響も計り知れない。ただ記事を訂正すれば済む問題ではあるまい。実際にそのような不利益な人事が行われたことはないのか、事実の究明を求めたい。
(星野富一)
- 編集委員
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委員長
- 森岡真史(立命館大学)
副委員長
- 宮澤和敏(広島大学)
編集委員
- 阿部太郎(名古屋学院大学)
- 柴崎慎也(北星学園大学)
- 田添篤史(三重短期大学)
- 二宮健史郎(立教大学)
- 羽島有紀(駒澤大学)
- 星野富一(富山大学)
- 森本壮亮(立教大学)
- 吉田博之(日本大学)
- 涌井秀行(明治学院大学)
経済理論学会について詳しくは、同学会のホームページ
http://www.jspe.gr.jp/
をご覧ください。