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季刊・経済理論 第57巻第3号(2020年10月)特集◎マルクス抜粋ノート研究への招待
季刊・経済理論第57巻第3号

経済理論学会編

B5判/並製/122頁
ISBN978-4-905261-98-8
本体2000円+税
発行
2020年7月20日

目次

[特集◎マルクス抜粋ノート研究への招待]

  • 特集にあたって  明石英人
  • 1857年恐慌における信用関係についてのマルクス  ティム・グラースマン/訳=明石英人
  • 「サブノート」と『資本論』:本源的蓄積論の執筆と「サブノートB」との関連を中心に 森下宏美
  • マルクスにおけるジェンダーと家族:後年の共同体研究がもつ可能性の一つとして  浅川雅己
  • 政治(学)批判からポリティカル・エコノミー批判へ:初期マルクスの「国家形態」論  隅田聡一郎

[論文]

  • 労働の同質性の抽出  安田 均

[書評]

  • 和田 豊著『価値の理論 第三版』  張 忠任
  • 本田浩邦著『長期停滞の資本主義:新しい福祉社会とベーシックインカム』  平野 健
  • 櫻井 毅著『宇野経済学方法論 私解』  伊藤 誠
  • 森田成也著『ヘゲモニーと永続革命:トロツキー、グラムシ、現代』  大屋定晴
  • 中川辰洋著『テュルゴーとアダム・スミス』  佐藤公俊
  • 青木孝平著『経済と法の原理論:宇野弘蔵の法律学』  新田 滋
  • 泉 正樹・江原 慶・柴崎慎也・結城剛志著『これからの経済原論』  瀬尾 崇
  • 小澤健二・小林襄治・工藤 章・鈴木直次著『現代世界経済:馬場経済学の射程』  佐々木隆雄
  • 大谷禎之介・前畑憲子編『マルクスの恐慌論:久留間鮫造編『マルクス経済学レキシコン』を軸に』  堀内健一

[書評へのリプライ]

  • 『企業不祥事と日本的経営:品質と働き方のダイナミズム』に対する田中祐二氏の書評へのリプライ  十名直喜
  • 『日本経済の長期停滞をどう視るか』に対する佐藤良一氏の書評へのリプライ  菊本義治・山口雅生
  • 『知識労働と余暇活動』の問題提起は正しいか?:河村 一氏による書評へのリプライ  山田良治
  • 橋本直樹書評へのリプライ:『ドイツ・イデオロギー』Online版(暫定版)の紹介を兼ねて  大村 泉
  • 経済理論学会第68回(2020年度)大会案内とプログラム  第68回大会臨時実行委員会委員長 清水真志
  • 東京大学経済学部長のNIKKEI STYLEでの発言に対する公開質問状について  経済理論学会事務局
  • 論文の要約(英文)

    刊行趣意・投稿規程

    編集後記  涌井秀行

    特集にあたって

    今日のマルクス研究においては、マルクスとエンゲルスの見解を同一視して議論することは、もはや考えられない。たとえば、現行版(エンゲルス版)『資本論』第2巻、第3巻とマルクスの諸草稿は厳密に区別して解釈・議論しなければならない。『季刊 経済理論』第51巻第2号の特集「MEGA第II部門(『資本論』とその準備労作)研究の現在:第II部門完結にあたって」と同第53巻第4号の特集「『資本論』刊行150年と現代」には、そうした趣旨のもとで書かれた論考が収められている。近年、刊行が進んでいるMEGA(Marx Engels Gesamtausgabe)に依拠した研究が、新たなマルクス像を提示しようとしているのである。

    MEGA第IV部門第14巻と第18巻の編集には、多くの経済理論学会会員が参加した。同部門は、マルクスが研究を進めるうえで作成した膨大な量の抜粋ノートを時期別に編集したものであり、マルクス研究・解釈にあたって決して無視することのできない重要資料である。大谷禎之介・平子友長編『マルクス抜粋ノートからマルクスを読む』(桜井書店、2013年)が、MEGAの編集・刊行プロジェクト全体と第IV部門の特性について詳しく扱っているので、まずはそれをご覧いただきたい。マルクスは多くの経済学的著作を批判的に摂取しただけではなく、大量の新聞・雑誌類の記事・統計などを収集している。たとえば、同時代のThe EconomistやThe Money Market Reviewなどから見いだされる諸動向をふまえつつ、いかにマルクスは『資本論』とその草稿において概念把握を行ったのか、ということを抜粋ノートに基づいて見極める必要があると思われる。つまり、マルクスの公刊された著作と草稿、書簡、抜粋ノートを比較・参照しながら、私たちの解釈を再検討していくことが求められているのである。彼が同時代の政治経済の動向にたいして, いかにアンテナを張り、自身の理論を彫琢していったのかが、抜粋ノート研究によって明らかになると言ってもよいだろう。

    抜粋ノートには、マルクス自身のコメントが付記されている場合と、そうでない場合とがある。とくに後者の場合、彼がどのような目的・意図で当該の抜粋を行なったのかを慎重に検討しなければならない。その際には、演繹・帰納法的思考のみならず、アブダクション(仮説形成)的思考も駆使する必要があるだろう。著作・草稿・書簡・抜粋ノートの連関を見極めたうえで、一定のマルクス像を組み立てるという手法である。この水準に立ったマルクス研究が、少しずつ現われ始めている。たとえば、ケヴィン・B・アンダーソンや斎藤幸平の研究である。

    ケヴィン・アンダーソンは、マルクスの「非西洋社会」に関する抜粋ノート(「1879-82年抜粋ノート」(MEGA IV/27に収録予定)など)を精査した(Kevin B. Anderson, Marx at the Margins: On Nationalism, Ethnicity, and Non-Western Societies, The University of Chicago Press, 2010. 平子友長監訳『周縁のマルクス:ナショナリズム、エスニシティおよび非西洋社会について』社会評論社、2015年)。そこから得られた結論は、マルクスが「非西洋社会」での「革命に対する展望および資本に対する抵抗の場としての展望」を検討したということである。それに関するマルクスの見解は、『共産党宣言』や1850年代初頭の単線的な発展史観から「年を追うごとに進化していった」とされる(p. 2、25頁)。その際に、各地の階級運動あるいは労働運動が、民族主義運動・人種差別反対運動などと交差し、同盟関係を構築することをマルクスが重視した点をアンダーソンは見事に論証している。このアプローチによって、「西洋中心主義者マルクス」という捉え方に対抗する新たなマルクス像を提示したのである。

    斎藤幸平は、マルクスの抜粋ノートが、エコロジー危機にたいする強い関心に基づいたものであることを描き出した(Kohei Saito, Natur gegen Kapital: Marx’ ?kologie in seiner unvollendeten Kritik des Kapitalismus, Campus, 2016, Kohei Saito, Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy, Monthly Review Press, 2017、斎藤幸平『大洪水の前に:マルクスと惑星の物質代謝』堀之内出版、2019年)。とりわけ農芸化学者リービヒと農学者フラースからの抜粋(MEGA W/18)が重要である。マルクスは1865-66年に、リービヒ『化学の農業および生理学への応用』から、膨大な量の抜粋を行なった。土壌中の無機物質を還流する「補充の法則」を無視した農業のあり方は土地を疲弊させることを前提に、土地の生産能力は栄養素の量に比例するわけではない点にマルクスは注目した。それはリカード「収穫逓減法則」には欠けていた自然科学的根拠でもあった。また、マルクスはリービヒとフラースとの論争に関心をよせていた。そこでマルクスが認識したのは、近代社会のエコロジー問題が土壌劣化に限定されるのではなく、大規模な森林伐採や気候変動も物質代謝の攪乱を引き起こすということだった(Saito [2016], S. 296)。フラースが自然環境・気候変動の歴史的転換を具体的に描写したことにマルクスはとくに着目した(ebd. S. 282)。1860年代にマルクスはフラースを受容しつつ、エコロジー危機を資本主義の矛盾の表出として捉え、社会主義はそれに対する解答を与えなければならないと考えていた(ebd. S. 295)。マルクスからエンゲルスへの手紙(1868年3月25日)には、それを裏付ける文言がある(MEW Bd. 32, S. 52-3)。

    こうしたアンダーソンや斎藤の研究は、通俗的なマルクス理解における、「西洋中心主義」、「生産力主義」、「プロメテウス主義」といったステレオ・タイプを完全に打破し、21世紀の議論を先取りしたマルクスの姿を浮き彫りにしている。マルクスの抜粋ノートを精査することで、彼の資本主義把握がより正確に見いだされる。それこそが今日の政治経済学的な議論にたいする有効な補助線となりうるのではないだろうか。

    以上のような問題関心から、本特集は、「マルクス抜粋ノート研究への招待」と題して、MEGA第IV部門の編集に実際に携わっている研究者に寄稿を依頼した。恐慌論と信用論、本源的蓄積論、ジェンダーと家族論、政治・国家論といった視角から、抜粋ノートを用いたマルクス研究の新たなポテンシャルについて総合的に考えることを目的とした。
    (中略)

    MEGA編集には他の日本人研究者も参加しているし、本特集では触れることができなかった、彼らによる注目すべき研究業績が多数存在する。しかし、まだまだマルクスの抜粋ノート研究は始まったばかりである。本特集をきっかけとして、この研究アプローチが注目され、多くの研究者に参加していただくことを願っている。

    (明石英人)

    編集後記

    本号の特集テーマは「マルクス抜粋ノート研究への招待」です。毎号そうですが、本号における特集テーマおよび4名の執筆者の方々による特集論文もまた、最先端の見識を私たち読者に与えてくれるばかりか、本学会の学問的な魅力をひろく世に知らしめるものとなっています。本特集を企画立案された明石英人編集委員および4名の特集論文執筆者の方々に、本特集の副担当として、また一読者として、この場を借りて感謝を申し上げます。  

    思えば、『季刊 経済理論』を私が初めて手に取ったのは、今から10年ほど前の学部生の頃でした。当時の私にとって本誌は、吸収すべき知見の宝庫であり、いつかは自分の論文をここにという「あこがれ」でした。いま編集委員として本誌に関わることができるのは、あの頃の私の「あこがれ」を現在までいっさい手を緩めることなく鍛え上げてくださった先達の方々のご尽力があってこそです。私の「あこがれ」がこれからの誰かの「あこがれ」になることを期待して、引き続き『季刊 経済理論』にさまざまな立場から関わられるみなさんとともに、本誌のいっそうの発展に貢献していく所存です。

    話は変わりますが、2020年度の本学会の第68回大会はウェブ開催となりました。私は北星学園大学にて開催予定であった旧第68回大会の事務局長を務めていましたが、同校での開催が来年度に延期となったことに伴い、いまは第68回大会臨時実行委員会の一員におさまっています。現下の混乱のなか、大会を中止することなく、よりいっそうの政治経済学の発展を追究せんとする本学会の第68回大会が成功裏に終わることを祈念して、簡単な大会案内をさせてください。

    第一日程の10月24日(土)は、午前にラウトレッジ国際賞の授賞記念セッションが行われ、ボワイエ氏からのビデオ配信および3名の方々からの解説とコメントが予定されています。午後に行われる共通論題「少子化と現代資本主義」は、テーマのたたき台は旧第68回大会の実行委員長であった勝村務会員によるものであり、同会員を含む3名の方々の報告が予定されています。

    以上にくわえ、第68回大会別日開催分科会として、11月28日に、@「大会関連企画」(3報告)、12月13日に、A「数理マルクス経済学」(2報告)、B「福島原発事故をめぐる現況と近未来」(3報告)、12月18日に、C「東アジアにおける少子高齢化の諸相」(3報告)、12月20日に、D「現代資本主義の基礎理論と方法」(3報告)、E「ポストコロナと脱成長」(3報告)、F「コロナ・パンデミックとグローバル資本主義の危機」(3報告)、以上7分科会の開催が予定されています。
    ウェブ開催となったことによって、これまでの大会よりも多くの報告にふれることができるようになった点は喜ばしいことですが、やはり直接みなさんとお会いし議論したいということを白状させてください。新型コロナウイルスの感染拡大をはじめ香港問題など、ここ1、2年では終わりそうにない問題が眼前に山積みですが、なるべく早くみなさんに直にお会いできることを最後に再び祈念して、第57巻第3号の編集後記とさせていただきます。

    (柴崎慎也)

    編集委員

    委員長

    • 森岡真史(立命館大学)

    副委員長

    • 宮澤和敏(広島大学)

    編集委員

    • 明石英人(駒澤大学)
    • 阿部太郎(名古屋学院大学)
    • 柴崎慎也(北星学園大学)
    • 田添篤史(三重短期大学)
    • 二宮健史郎(立教大学)
    • 羽島有紀(駒澤大学)
    • 星野富一(富山大学)
    • 森本壮亮(立教大学)
    • 涌井秀行(明治学院大学)

    経済理論学会について詳しくは、同学会のホームページ
    http://www.jspe.gr.jp/
    をご覧ください。