- 季刊・経済理論 第56巻第4号(2020年1月)特集◎米中覇権争いのゆくえ
- 目次
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[特集◎特集◎米中覇権争いのゆくえ]
- 特集にあたって 山下裕歩
- 新興・先進国間の不均等発展、帝国主義戦争モデルと覇権交代のマルクス派政治経済モデル 大西 広
- 現代アメリカのグローバル蓄積体制と中国 平野 健
- 中米貿易戦争の歴史的位相と短・中・長期的展望:貿易摩擦から社会経済システムの対立へ 厳 成男
- 中国の経済覇権をどうみるか? 本田浩邦
[論文]
- 景気循環のミクロ分析 宇仁宏幸
[海外学界動向]
- 「第14回世界政治経済学会」に参加して 日臺健雄
- Historical Materialism 16th Annual Conferenceに参加して 江原 慶
[書評]
- 十名直樹著『企業不祥事と日本的経営:品質と働き方のダイナミズム』 田中祐二
- 阿部太郎・大坂 洋・大野 隆・佐藤 隆・佐藤良一・中谷 武・二宮健史郎・伴ひかり著『資本主義がわかる経済学』 鍋島直樹
- 斎藤幸平著『大洪水の前に:マルクスと惑星の物質代謝』 三木敦朗
- F. Moseley, “Money and Totality: A Macro-Monetary Interpretation of Marx’s Logic in “Capital” and the End of the ‘Transformation Problem’ ” 森本壮亮
[書評へのリプライ]
- 『アナザー・マルクス』に対する村上允俊氏の書評を受けて 江原 慶
- 『マルクス 資本論』にたいする結城剛志氏の書評へのリプライ 佐々木隆治
論文の要約(英文)
刊行趣意・投稿規程
編集後記 山下裕歩
- 特集にあたって
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現在の世界全体の名目GDPの約24%を米国が、約15%を中国が占めている。すなわち、世界全体の名目GDP の約4割がこの二大経済大国で占められているのである。高度成長が終焉し、成長率が低下してきたとはいえ、中成長を模索する中国の今後の経済成長、そして米国の持続的成長に鑑みれば、この割合は今後さらに上昇する可能性が高い。もちろん、東南アジア・南アジア・アフリカ・ラテンアメリカにおける経済成長の結果、米中の比重が下がることも考えられるが、そうであっても米中に匹敵するような経済大国の出現は想定し得ない。むしろ、米中それぞれが、いかに自国以外の国・地域の利益を演出できるかが米中覇権争いの帰趨を決めるといえる。そして今、米中二大経済大国の関係自体が大きく変化しようとしている。中国のGDPは近年のうちに米国を逆転し世界最大の経済大国になるものと考えられているし、購買力平価による換算では既に逆転しているのである。この逆転現象は、かつての日本のように、単に後発国が先進国にキャッチアップし漸近するに終わること、これとは本質的に異なるのではないか。
従って、これからの世界経済・情勢が米中二大政治経済大国を中心として展開していくことは論を俟たない。そして、この二大大国の利害は、一致する面と対立する面が時間軸の中で複雑に絡み合っており、極めて大きな不確実性・不確定性を世界経済・情勢にもたらすであろう。それらは既に、対中貿易赤字を問題視する米トランプ政権の保護主義的政策、中国の「一帯一路」構想に象徴される積極的な経済的・政治的拡大等として表れ、米中の覇権争いはますます熱を帯びている。また、この覇権争いに対する世界各国の反応の多様性にも、情勢の複雑さが表れていると言える。我が国にとっても、日米が主導するアジア開発銀行(ADB)と中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の協調と相克として顕在化している。この二大大国の対立的構造は「米中新冷戦」という言葉の出現にも象徴され、さらに米中の覇権交代を論じる「覇権交代論」も囁かれているのである。
このような世界史的大転換のゆくえをマルクス主義的・反主流派経済学的な政治経済学の立場から分析・展望することが、本特集「米中覇権争いのゆくえ」の目的である。アメリカ・中国という政治経済大国のパワーバランスが今後どうなっていくかを政治経済学的に展望し、その中で我が国をはじめとする「周辺」の在り方を議論することが極めて重要な局面に来ているのである。そこで本特集では、アメリカ経済および中国経済に造詣の深い4名の研究者から寄稿いただいた。(以下略)
(山下裕歩)
- 編集後記
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本号の特集は、山下裕歩編集委員の企画立案によるものである。そして、大西広会員、平野健会員、厳成男会員、本田浩邦氏という、いずれも中国経済、米国経済に造詣の深い方々に執筆を頂いている。私は本特集の副担当であるが、もっぱらポストケインズ派の理論モデルの研究に従事しており、その他の理論モデルや現実の経済に非常に疎いということを自覚している。
1980年代後半のソビエト連邦やベルリンの壁の崩壊に象徴されるように、社会主義国家は崩壊した。社会主義国家である中国は、ケ小平の改革開放により、政治的には社会主義であるが、経済的には資本主義に転換したと言ってもよい状況である。それを境に、社会主義の理論的支柱であるマルクス経済学も衰退の一途を辿り、新古典派や新しい古典派といった市場メカニズムを信奉する学派が台頭する。一部の新古典派や新しい古典派には勝者のおごりが見られ、マルクス経済学等の異端派経済学は軽視され続けてきた。
2007年のサブプライム問題に端を発した米国発の世界的な金融危機は、新古典派や新しい古典派の絶対的支配に小さな風穴を開けたと思われるが、米国と中国の対立は資本主義と社会主義の対立ではなく、資本主義国家間の対立であると考えるのが妥当であろう。1980年代には日米貿易摩擦が激化し、当時高校生だった私は時の首相であった中曽根首相がテレビで国民に向かって米国製品の購入を呼びかけたのをよく覚えている。それは、高校生であったこともあるのかもしれないが、一国の首相がこのようなことを言うのかという驚きからであった。しかしながら、政治的には社会主義国家であり、軍事的にも米国に従属していない中国が当時の日本と同様の対応を取るとは考えにくい。
大西会員の論考は、クルグマンの議論と対比しつつ覇権交代のモデルを構築し、現在の世界システムは、覇権交代期にあると説く。平野会員の論考は、米国側の視点に立ち、米中の対立を米国のグローバル蓄積体制に押し込もうとする試みであると説く。厳会員の論考は、米中の対立を短期、中期、長期に分けて展望し、レギュラシオン理論をもとに自由主義資本主義と国家資本主義の対立であると説く。本田氏の論考は、米国と対比して中国の覇権主義を民主主義と軍事の面から説く。いずれの論考も今後の米中関係および世界経済の行方を展望するための有益な視座を提示していることに疑いの余地はない。
『季刊 経済理論』では特集が、経済理論学会大会では共通論題が組まれ、主流派経済学に批判的な立場から、時には社会に対しても警鐘を鳴らしてきた。しかしながら、マルクス経済学は時代遅れと揶揄され、主流派経済学からのみならず社会からも軽視された時期が長く続いたことは偽らざる事実であろう。サブプライム危機は、いかに軽視されようとも信念を曲げずに発信を続けることの重要性を示している。本誌がその役割を果たし続けることを願ってやまない。
(二宮健史郎)
- 編集委員
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委員長
- 新田 滋(専修大学)
副委員長
- 森岡真史(立命館大学)
編集委員
- 明石英人(駒澤大学)
- 佐々木隆治(立教大学)
- 柴崎慎也(北星学園大学)
- 薗田竜之介(佐賀大学)
- 二宮健史郎(滋賀大学)
- 星野富一(富山大学)
- 山下裕歩(獨協大学)
- 涌井秀行(明治学院大学)
経済理論学会について詳しくは、同学会のホームページ
http://www.jspe.gr.jp/
をご覧ください。