新刊リスト| 既刊リスト| 季刊・経済理論リスト| 近刊予定
*ご注文いただく前にお読みください
季刊・経済理論 第56巻第2号(2019年7月)特集◎多層化したこんにちの労働
季刊・経済理論第56巻第2号

経済理論学会編

B5判/並製/112頁
ISBN978-4-905261-93-3
本体2000円+税
発行
2019年7月20日

目次

[特集◎多層化したこんにちの労働]

  • 特集にあたって  安田 均
  • 同一価値労働同一賃金の原則に基づく職務評価と是正賃金:A生協の事例から  大槻奈巳
  • 熟練内包的労働の一般概念:オブジェクトとしての労働  小幡道昭
  • 労働者の「自律性」と労務管理:裁量労働制に関する理論的検討  三家本里実
  • 2つの経済の分析枠組み:TSOLの可能性  鈴木和雄

[論文]

  • 自然産出水準の履歴効果,所得分配と総需要水準および金融政策:カレツキアンアプローチ  西 洋

[書評]

  • トーマス・グレアム著、久米五郎太監修・訳『だれも置き去りにしない:フィリピンNGOのソーシャル・ビジネス』  佐藤公俊
  • 野村正實著『「優良企業」でなぜ過労死・過労自殺が?:「ブラック・アンド・ホワイト企業」としての日本企業』  阿部浩之
  • 山田良治著『知識労働と余暇活動』  河村 一
  • 佐々木隆治著『マルクスの物象化論[増補改訂版]』  吉原直毅
  • 二宮健史郎著『金融不安定性のマクロ動学』  佐々木啓明

[書評へのリプライ]

  • 『宇野理論と現代株式会社:法人企業400年ものがたり』に対する書評[評者=石井 徹氏]へのリプライ  河西 勝
  • 『金融危機は避けられないのか』に対する書評[評者=鍋島直樹氏]へのリプライ  青木達彦

経済理論学会 第66回大会報告

経済理論学会 第67回(2019年度)大会のご案内  大会準備委員長 姉歯 曉

経済理論学会 第67回(2019年度)大会プログラム  大会準備委員会

経済理論学会 第7回若手セミナーの開催について  大西 弘・吉村信之

経済理論学会 問題別分科会「オルタナティヴ社会」第2回研究会のご案内  後藤宣代

論文の要約(英文)

刊行趣意・投稿規程

編集後記  新田 滋

特集にあたって

人口減少を迎えた日本では、経済成長の維持という観点から女性や高齢者の就労、労働生産性の向上を唱える声が大きい。こうした女性や高齢者への就労要請は、同時に、しばしば彼らが担う非正規雇用の正社員との処遇格差、および働き方の多様性に関心を集めることにもなる。

政府の「働き方改革」でも、労働生産性の向上を目的に、高度プロフェッショナル制度の導入や(データ不正により法案化が見送られたものの)裁量労働制の適用拡大が求められていると同時に、非正規雇用の正社員との格差是正を目的に同一労働同一賃金原則の適用が目指される。こうした制度改正に対しては、客観的な職務評価を欠くという批判や長時間労働を助長するという懸念も根強い。しかし、同時に、非正規雇用の増大とも相俟って、職場にはさまざまな形態の労働があり、雇用形態は異なっても同じ仕事に就く同質的な労働がある一方で、同じ雇用形態でも権限と仕事の範囲が異なる異質な労働があるという認識が芽生えているのは確かであろう。

もちろん、このような労働の多様化、多層化という現象は、純理論的に解明し尽くせるわけではない。大企業化に伴う管理機構の肥大化やサービス産業化など産業構造の変化、内部労働市場の展開と変容が寄与している面が大きい。しかし、単純労働に止まらない労働は、生産過程間の調整を司る労働のように生産過程自体に組み込まれており、その理論的考察は必要であろう。

同一労働同一賃金原則の適用が話題にされる場面では、非正規雇用は正社員と同じ仕事に携わりながら、相対的に低い賃金しか与えられないなど、労働の同質性に焦点が当てられる反面として、同質性を超える部分が見落とされがちとなる。実際の職場における正規・非正規の間での、あるいは正規雇用同士での職務の異同に関する調査分析に耳を傾ける必要がある。

労働の異質性は、職種間のヨコの違いばかりでなく、タテの違いもある。特別の訓練を要する労働や裁量性の高い労働の扱いは「複雑労働の生み出す価値の単純労働の生み出す価値への還元」に尽きるわけではない。具体的な労働を担う際に必要な「資材や労力」の労働市場への影響について考察する必要がある。

以上は、タテにもヨコにも多様化した労働へのアプローチであるが,賃労働に限定した話である。賃労働を支え、また支えられる家庭内の諸活動も、労働の多層化に伴い変化せざるを得ない。例えば、世帯員による賃労働と家内労働の分担見直し、長時間労働と短時間労働の切り替え、あるいは家族によるサポートと外部サービスの使い分け等々である。市場における労働に限定せず、人間生活や共同体の維持という観点から人間活動と賃労働との重層的かつ広範に亘る結びつきやその変化についての考察が求められる。

(中略)

(本号に掲載した)4篇の(特集)論文によって、賃労働内部でもまたそれを支える家庭内の労働との関係でも多層化したこんにちの労働の一端が浮かび上がったのではないだろうか。また、47巻3号(2010年10月)の「労働論の現代的位相」以来9年ぶりに労働に焦点を当てた本企画を、本誌前号に掲載された昨年の全国大会共通論題「資本主義のオルタナティブ:資本主義の限界と政治経済学の課題」の諸報告と比べて欲しい。後者は対象を家計自立型非正規雇用と限定正社員から成る「一般労働者階層」、あるいは非正規雇用からパート主婦を除いた「アンダークラス」に絞り、労働力の再生産が危機に瀕していると訴えている。他方、本企画では、貧困に止まらない問題を浮かび上がらせるために、労働自体が多層化している面に焦点を当てようとした。併せて読み、比較しながらこんにちの労働の諸相と課題を検討して欲しい。最後に非会員でありながら、一面識もない当方の申し出に応じて、論文を寄稿して下さった大槻氏に謝意を表したい。

(安田 均)

編集後記

いま政府が推進する「働き方改革」は、相次ぐ過労死・過労自死の問題、いっこうに解消される気配のないサービス残業の問題、非正規雇用のきわめて劣悪な諸待遇の問題等々を解決する道筋となりえるのでしょうか。それが「資本のもとへの労働の実質的包摂」をますます進展させる「改悪」とならないように、私たちは資本の運動を制限する手段について議論を深めていく必要があります。本号の特集テーマ「多層化したこんにちの労働」に寄稿された四論文は, そのための様々なヒントを与えてくれるものです。

大槻奈巳氏の論文は、厚生労働省の「同一労働同一賃金ガイドライン」が抱える問題を鋭く指摘しています。それは同氏の事例調査によって裏付けられたものであり、同一価値労働同一賃金の原則に基づく職務評価と是正賃金にかんする興味深い実例が紹介されています。小幡道昭氏の論文では、『資本論』の丁寧かつ批判的な読解から、「熟練」論が再検討され、単純労働に外部から熟練が付加されるという安直な理解の乗り越えが目指されています。三家本里実氏の論文では、裁量労働制が、労働者の偽装された自律性を進展させる可能性があること、結局は労働者が自己責任の論理に絡めとられる危険性があることが指摘されています。鈴木和雄氏の論文では、賃金経済と家庭経済の相互規定性による女性労働の従属的な位置づけがTSOLアプローチを用いて鮮やかに説明されています。

小幡氏と三家本氏が言及しているH・ブレイヴァマン『労働と独占資本:20世紀における労働の衰退』(富沢賢治訳、岩波書店、1978年)は、きわめて先見性に富んだ著作であったと言えるでしょう。というのも、彼は1970年代にすでに事務労働・サービス労働における「構想と実行の分離」を指摘していたからです。すくなくとも、現代の資本-賃労働関係においては、どんなに労働者に自律性が付与されているように見えたとしても、「資本のもとへの労働の実質的包摂」が貫徹されています。それは個々の身体的動作にとどまらず、内面の奥深くにまで達しています。「機械がより洗練された知的生産物になればなるほど、ますます労働者は機械にたいする統制権と理解力を失う」(邦訳461頁)のです。その結果、資本-賃労働関係の外部においてさえも、私たちは資本に従属した生活過程を日々送っています。

会員の多くが勤務している日本の大学で、はたして教員労働の自律性や「機械にたいする統制権」は確保されているでしょうか。かつてレジャーランド化した大学が揶揄されていましたが、今日の大学は完全に就活予備校化したと言ってよいでしょう。そのなかで教育・研究活動にあてる時間は、暴力的に圧縮されています。無意味で不合理な大量のパソコン仕事にあえぎながら、政府や経団連などの妄想・暴走に振り回されています。しかし、この状況のなかにあって、さまざまな任務を確実にこなし、モーレツな働きぶりで学会運営を担う会員諸氏の存在があります。敬意を表しつつ、くれぐれもご健康に留意していただきたいと切に願います。今年の経済理論学会大会は創立60周年記念大会です。働くことの意味をいま一度、皆さまと一緒に考える機会にしたいと思います。

(明石英人)

編集委員

委員長

  • 新田 滋(専修大学)

副委員長

  • 森岡真史(立命館大学)

編集委員

  • 明石英人(駒澤大学)
  • 佐々木隆治(立教大学)
  • 柴崎慎也(北陸大学)
  • 薗田竜之介(佐賀大学)
  • 二宮健史郎(滋賀大学)
  • 安田 均(山形大学)
  • 山下裕歩(獨協大学)
  • 涌井秀行(明治学院大学)

経済理論学会について詳しくは、同学会のホームページ
http://www.jspe.gr.jp/
をご覧ください。