- 季刊 経済理論 第52巻第3号(2015年10月)◎ハイマン・ミンスキーの経済学:金融危機をどう乗り越えるか
- 目次
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[特集◎ハイマン・ミンスキーの経済学:金融危機をどう乗り越えるか]
- 特集にあたって 藤田真哉
- 金融不安定性仮説の意義と限界:アメリカ・ラディカル派のミンスキー論 鍋島直樹
- サブプライム金融危機とミンスキー・クライシス:流動資産のピラミッド構造の形成とその破綻 横川太郎
- 2008年の金融危機におけるマネー・マネージャー資本主義の崩壊と再生 服部茂幸
- ミンスキー理論の国際経済への拡張 石倉雅男
[論文]
- マルクス信用論の課題と展開:『資本論』第3部第5篇草稿に拠って 宮田惟史
- 労働価値論と資本循環:体化労働説と抽象的労働説について 飯田和人
- 「グローバル・インバランス」論議におけるFed viewとBIS view:マルクス経済学信用論の観点から 岩田佳久
[書評]
- 鶴田満彦著『21世紀日本の経済と社会』 伊藤 誠
- 大森拓磨著『米中経済と世界変動』 涌井秀行
- 川上則道著『マルクス「再生産表式論」の魅力と可能性:『資本論』第二巻第三篇を読み解く』 宮川 彰
- 小幡道昭著『労働市場と景気循環論:恐慌論批判』 中村泰治
- 伊藤 誠著『日本経済はなぜ衰退したのか:再生への道を探る』 塚本恭章
- 松尾 匡著『ケインズの逆襲 ハイエクの慧眼:巨人たちは経済政策の混迷を解く鍵をすでに知っていた』 森岡真史
[書評へのリプライ]
- 『日本経済の再生とサービス産業』に対する書評[評者=櫛田 豊氏]へのリプライ:飯盛信男
論文の要約(英文)
刊行趣意・投稿規定
編集後記 田中英明
- 特集にあたって
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2008年に生じた世界金融危機は、資本主義経済には均衡への自動的な回復力が備わっておらず、それゆえに危機を未然に防ぐ、あるいは危機を事後的に処置する制度や政策が必要不可欠であることを改めて示した。金融不安定化のメカニズムとその処方箋を明らかにすることが世界的に求められるなか、H. P. ミンスキーの名が異端派、主流派経済学双方から注目を集めるようになった。
異端派では,“Cambridge Journal of Economics” 等の海外ジャーナルや本学会誌においてミンスキー理論を数理的に再構築する研究が数多く蓄積される一方、近年には一般読者向けの雑誌や新書においても彼の分析の一端が紹介されつつある。そうした例としては、二宮健史郎「ウォール街で一躍注目を浴びる、ミンスキーの金融不安定性仮説」(『週刊エコノミスト 2007年11/12日号』毎日新聞社),金子勝『閉塞経済:金融資本主義のゆくえ』(ちくま新書)、服部茂幸『新自由主義の帰結:なぜ世界経済は停滞するのか』(岩波新書)などが挙げられよう。他方、主流派に目を向けると、W. R. ホワイト(OECD)が日本銀行金融研究所の機関紙においてミンスキーに焦点を当てた論文を発表したほか、吉川洋(東京大学)は日本経済新聞にてミンスキーに関する連載を行った(日本経済新聞社編『経済学の巨人 危機と闘う:達人が読み解く先人の知恵』所収)。主にポスト・ケインズ派において受け継がれてきたミンスキーの知見が、今日では学派の壁を越えた財産として共有されつつあるように思われる。
ミンスキー経済学の核心をなす金融不安定性仮説は、簡潔に表現するならば、次のような景気循環の局面を描写している。投資ブームが生じる以前には、企業のキャッシュ・フローが元金や利子支払等からなる契約支払額を上回る「ヘッジ金融」が支配的になる。こうした健全な金融構造のもとで企業が投資すると、乗数効果を通じて景気は徐々に過熱していく。やがて所得受取りの期待額が利払いを上回るものの契約支払額全てを賄えない「投機的金融」の状態が現れると、企業は積極的に金融機関から資金調達するようになる。しかしながら、この時点では資金の貸し手・借り手双方がリスクに鈍感なために投資ブームは継続され、企業の債務は累積的に増加してゆく。その後、企業の利子荷重が増大すると、複数の企業でキャッシュ・フローが利払いすら賄えない「ポンツィ金融」が表出する。このような脆弱な状態のもとでは、債務不履行のリスクを感知した貸し手が金利を引き上げ、投資ブームに歯止めがかかる。その結果、経済全体の信用が収縮し、景気が後退局面に入る。ミンスキーは、資本主義経済には安定的な金融構造が不安定化する傾向が備わっていることを終生にわたって主張した。
本特集は、以上のようなミンスキー理論の概要を学説史的に説明することを意図したものではない。それは既に多くの書籍や論説等でなされていることである。われわれに残された課題は、上で述べたような仮説が現代の金融危機に十分に説明しうるかどうかを検証することであり、そこに本特集の企画意図もある。ミンスキーの経済学が有する意義と限界を知るためには、現実に起きた金融危機、すなわちサブプライム問題に端を発する金融危機を、金融不安定性仮説という分析道具を介して見直さなければならない。
本特集では、ミンスキーの分析視角に基づいて金融危機のメカニズムを研究している方々から、4本の論考を寄せていただいた。これらの論考は、彼の経済学が現代の金融危機への理解にどのように役立ち、どの点において限界がみられるのか、そして、金融危機を防ぐために何が必要であるかについて、多くの示唆を我々に与えてくれている。(以下略)
(藤田真哉)
- 編集後記
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2008年の金融危機から7年。第52巻第3号の特集は、「忘れられていた」経済学者ハイマン・ミンスキーの経済学の意義を、この金融危機の分析のなかで問い直そうとするものです。4本の論文はいずれも、金融構造の内生的な脆弱化というミンスキーの着想を活かしつつ、それぞれに異なったより広い理論的・方法的な文脈のなかにそれを位置づけ直すことで、金融危機とその後の政策や回復過程の分析という課題に正面から挑んでいる力作です。
この特集から学ぶべき点の一つは、現在の経済社会が、その自己認識であるはずの経済学に対し、ミンスキーのみならず多くの忘れられてきた、あるいは見過ごされてきた視角の必要性を突きつけているということでしょうか。サブプライム・ローン危機は、ジェンダーやマイノリティーの存在が、精緻化された経済理論の枠組みから見えなくなっていたことを痛感させました。経済停滞やその後の政策も、ジェンダー等による階層化の進んだ社会ではきわめて不均等な影響を及ぼしており、そこに目を向けることなしには危機を「乗り越える」ということの意味も見えてこないでしょう。
また、「金融化」とも称されるように、産業と金融との関係が大きく変化していくなかで、「ピンチはチャンス」とばかりに危機そのものによって経済・社会構造を組み換えてきた資本主義経済の「生命力」のあり方も変わらざるをえないでしょう。金融の歴史を紐解くならば、金融的な利害と産業的な効率性の蜜月など一時の儚い夢かもしれないという感は否めません。とすれば、市場による社会的生産の包摂を抽象の基盤としてきた経済学も、その純化ばかりでなく、分析対象においても、理論的・方法的な枠組みにおいても、多様な要因・契機をいかに取り込むのかを問われることになるでしょう。
こうした状況は、主流の経済学への対抗軸を自負し、しかも多様な批判的アプローチが競い合ってきたこの経済理論学会の役割・責務をいよいよ重いものとしていくように思います。
社会科学という営みである会員それぞれの研究活動は、他のアプローチへの批判や論争を厭わず、自らの理論・手法を磨き上げ、独創的な知見を積み上げていくもの。無論のこと、学会は仲良しクラブではなく、切磋琢磨の場でなければなりません。とはいえ、競争だけがそうした場をつくるというのではまるで「経済学者」の発想。学会という場に常に多様なアプローチが並存し、競い合うとともに、時に補いあい、さらには協力して課題に取り組むといった状況を維持し、発展させていくためには、研究活動とは異なった努力を要することは言を俟たないでしょう。他のアプローチにも学び、自らの依って立つ基盤を切り開いて「接合」や「統合」を図るという、容易いとはいえない試みをもアシストする学会のあり方をめざして、この『季刊 経済理論』や「共通論題」等の大会運営、地方部会等々に費やされてきた先輩諸氏の奮闘努力に思いを馳せざるをえません。
会員の年齢構成や会員数の動向など困難な条件が予想されますが、多様な批判的アプローチと研究成果を提示し、日本の経済学・社会科学の底力を培うといったこの学会の役割・責務のためにも、質的にも、規模的な意味でも、活力を維持していかなければなりません。この学会がこれまで以上に、幅広い年代の、多様なバックグランドの会員が、臆することなく研究成果を報告し、相互に批判と交流を進めうる場であることに尽力していきましょう。
(田中英明)
- 編集委員
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委員長
- 竹内晴夫(愛知大学)
副委員長
- 坂口明義(専修大学)
編集委員
- 勝村 務(北星学園大学)
- 田中英明(滋賀大学)
- 関根順一(九州産業大学)
- 鳥居伸好(中央大学)
- 西 洋(阪南大学)
- 藤田真哉(名古屋大学)
- 宮田惟史(駒澤大学)
- 矢吹満男(専修大学)
経済理論学会について詳しくは、同学会のホームページ
http://www.jspe.gr.jp/
をご覧ください。