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季刊 経済理論 第44巻第4号(2008年1月)  特集◎<格差社会>化とオールタナティヴ
季刊・経済理論第44巻第4号

経済理論学会編

B5判並製/98頁
ISBN978-4-921190-95-8
定価2100円(本体2000円+税)
発行
2008年1月20日

目次

[特集◎<格差社会>化とオールタナティヴ]

  • 特集にあたって吉原直毅
  • 市場経済での平等化の達成についての展望ジョン・E・ローマー/訳=吉原直毅
  • 格差社会論と社会階層論--格差社会論からの挑戦に応えて佐藤嘉倫
  • 階級間格差の拡大と階級所属の固定化--「格差社会」の計量分析橋本健二
  • ロールズのユートピア--リベラルな共産主義を求めて渡辺幹雄

[論文]

  • 能力主義の理論的可能性--労働の種差性とその意義安田 均

[海外学界動向]

  • 「世界政治経済学会」第2回大会につい大西 広

[書評]

  • 飯盛信男著『構造改革とサービス産業』佐藤拓也
  • 上川孝夫・矢後和彦著『新・国際金融テキスト2 国際金融史』稲富信博
  • 伊藤 誠著『『資本論』を読む』唐渡興宣

論文の要約(英文)

刊行趣意・投稿規定

編集後記(植村博恭)

特集にあたって

「経済のグローバリゼーション」化と、労働市場を含むさまざま産業分野での市場の規制緩和措置を背景として、成果賃金制度の導入や非正規労働比率の増大など、雇用環境も変わり、いわゆる人口の高齢化によっては説明しきれない所得格差の拡大化や、生活保護人員率の増大、またネットカフェ難民等に見られるようなワーキング・プア問題の発生など、「格差社会」化や貧困化問題が指摘され、論じられるようになった。参入規制の撤廃等、適切な規制制度の改革は、各産業および日本経済全体の国際競争力を強化し、結果的に国民所得のより強力な増大への可能性を高めるものの、経済がより競争的な構造を強める結果、確かに90年代長期停滞以前に比して、事前的所得の格差が拡大する傾向を持つ様になったと言われる。であるならば、事後的な所得再分配制度をしかるべく強化しなければ、結果的に経済格差の拡大や貧困化という問題を引き起こす事になろう。日本経済は特に、他のOECD諸国と比べて、従来は事前的所得の分配がフラットであり、他方で再分配機能は弱い特徴が指摘されていたから、規制改革による経済の競争市場化は所得再分配機能の強化なくしては、「格差社会」化の傾向を加速するだろう事が予想される。

このような現状を踏まえ、本特集では改めて、「格差社会」化の実態把握とそれを克服する為の代替的社会経済システムを展望する理論的視角の提供を試みるべく企画された。この企画では、狭い意味でのマルクス経済学の範疇に拘泥する事無く、広く社会科学の周辺領域で問題関心を共有するという観点から、特に計量社会学の研究、厚生経済学の研究、及び政治哲学の研究からのアプローチを紹介する。第一に、計量社会学からのアプローチとは、「格差社会」化についての実証的分析である。それぞれ「階級」と「階層」というキー・コンセプトを用いた、2つの日本社会の現状解析を提示する。第二に、現代の市場経済における「格差社会」化を説明する理論的視角と、それを克服し、代替的な社会経済システムを展望する為の理論的視角に関する、厚生経済学からのアプローチを提示する。第三に、代替的な社会経済システムを展望するという我々のそもそもの立場についての、その規範理論的意味づけという観点から、政治哲学からの一つの見方を紹介する。

厚生経済学からのアプローチは、ジョン・E・ローマーの「市場経済での平等化の達成についての展望」である。ローマーは、まず市場経済の原理的機能として、そのメカニズムはより平等主義的な所得分配の制度と両立可能であるか否かについての議論から始める。ネオ・リベラリズムの主張は、平等主義的な所得分配制度が一般的に、市場の配分効率性や技術革新誘発機能を損なうだろうと言うものであるが、ローマーは、市場の原理的機能として、配分効率性や技術革新誘発機能を損なう事無く所得をより平等化する事は可能であると主張する。そのような代替的経済システムとして市場社会主義と社会民主主義が取り上げられるが、他方、現代の市場経済における所得格差は資本所有の格差に起因するというよりはむしろ、労働能力の格差に起因する、とも論ずる。そうである限り、単なる資本所有権の平等化を意味する市場社会主義は、十分な成果を齎さないだろうと批判するのに対して、社会民主主義がなぜ北欧で高い経済的パフォーマンスを維持しつつ成功したかの理由として、リスクの同質性を指摘する。また、市場経済における所得分配のより平等化を実現させる為には、労働能力の格差を是正するような「機会の平等」的教育制度の充足等が重要である事を論ずる。しかしながら、「機会の平等」的教育制度の遂行が十分に成功する為には、民主主義的な政治制度の存在だけでは不十分であって、有能な個人をして自発的に不遇な個人のための犠牲を厭わないという、「社会的連帯」への人々の志向の育成が極めて重要である事を強調する。

「階層」をキー・コンセプトに用いた計量社会学からのアプローチが、佐藤嘉倫の「格差社会論と社会階層論--格差社会論からの挑戦に応えて--」である。階層とは、職業や学歴に注目して、社会をいくつかの集団に分割する概念として、説明される。経済学が所得の格差に注目するのに対して、従来の社会学の社会階層論は、職業や学歴という階層に関する世代間移動の有無やそのメカニズムに注目して、実証分析を行う。他方、佐藤は、正規雇用を暗黙の前提とするこれまでの社会階層論が見落としてきた、所得の格差と正規雇用と非正規雇用という従業上の格差との対応性に関する格差社会論の指摘に注目し、その指摘の妥当性を、SSM調査データを用いて検証する。その結果、確かに格差社会論が指摘するように、職業階層よりも正規雇用?非正規雇用という従業上の地位の方が収入を強く規定するという結論を導き出している。他方、格差が近年になって拡大している、という格差社会論のもう一つの主要な主張の妥当性についても、佐藤は検証する。その結果、格差拡大に関する格差社会論の指摘は、SSM調査データの分析を通じて見る限り、経験的に妥当しているとはいえない、という結論を導き出している。特に、経営者、正規雇用、自営と非正規雇用との格差が縮小している、という興味深い結論を導き出している。もちろん、佐藤も指摘するように、SSM調査データが現代日本の階層状況や不平等をすべて捉えているわけではないだろうが、いわゆる「格差社会」論を改めて反省的に再考察する契機が与えられたと言えるだろう。

「階級」をキー・コンセプトに用いた計量社会学からのアプローチが、橋本健二の「階級間格差の拡大と階級所属の固定化--「格差社会」の計量分析--」である。佐藤論文は収入格差の拡大を否定したが、橋本は階級間の経済格差拡大と、経済格差全体における階級間格差の重要性の増大、という結論を導き出している。社会学における、個人と全体社会をつなぐ中間的なレベルの分析の為の基礎単位として、階級は一般的に、生産手段をはじめとする経済的な資源の保有状況によって定義され、他方、非経済的な資源、たとえば威信や権力、情報などの保有状況を含めて定義されるのが、社会階層である、と橋本は概念整理を行っている。さらに、現代資本主義社会の階級構造を資本家階級・新中間階級・労働者階級・旧中間階級の4階級からなるものとして定式化している。その結果として、階級所属は収入に対して大きな影響を及ぼしており、収入を決定する基本的な要因である事、また各階級は異なるメカニズムによって収入を決定させている事、階級間の経済格差は拡大しており、経済格差全体における階級間格差の重要性が増大している事、さらに貧困率には階級によって大きな差があり、またこの差は拡大傾向にある事、最後に、階級に関する世代間移動は固定化の傾向にある事、等々が論じられる。最後の論点に関しては特に、社会階層分類による研究に対する、階級概念の有効性が強調されており、「格差社会」の理解には階級論的アプローチが不可欠である、と主張されている。佐藤論文との対比もあって、これらの結論は極めて興味深いと言えよう。

政治哲学からのアプローチは、渡辺幹雄の「ロールズのユートピア--リベラルな共産主義を求めて--」である。規制改革による経済の競争市場化という現状の動向に対応して所得再分配機能の強化の必要性を主張する上で、ジョン・ロールズの『正義論』は極めて強力な規範理論的裏づけを与えてくれる1つである。とりわけ、「最も不遇な個人の状態が改善される限りでの不平等は正当化される」というロールズの「格差原理」の考え方は、その後の規範理論の展開に大きな影響を及ぼし続けているのみならず、現代経済学においてもいわゆるロールズ型社会的厚生関数として定式化され、経済政策の1判断基準として位置づけられている。『正義論』におけるロールズの議論は、「格差原理」などのような平等主義的な基準を、無知のヴェールの下での合理的個人の合理的選択の帰結として、正当化する試みである。しかし、その試みは必ずしも成功したとは言えず、合理的選択理論の観点からの多くの批判を受けてきた。そうした論争を背景として、渡辺論文は、改めてロールズ『正義論』のイデオロギー的性質について、論証を試みている。とりわけ、渡辺はロールズが、ロック主義的自己所有権テーゼのサブ・テーゼとしての「労働所有権テーゼ」の問題を無視している事を以って、「格差原理」とは(中央集権的、かつ自由抑圧的システムという意味での)「共産主義」の原理であるという、極めて大胆で挑発的な結論を導き出している。その結論に到る論証過程には色々と異論の余地があるとはいえ、市場経済の下でのより平等主義的な所得分配を実現するシステムを志向する者たちは、渡辺のこの批判的メッセージを真摯に受け止めて、自らの理論的構築に精進すべきであろう。

(吉原直毅)

編集後記

今回の企画「<格差社会>化とオールタナティヴ」は、冒頭にものべたように、「狭い意味でのマルクス経済学の範疇に拘泥することなく、広く社会科学の周辺領域で問題関心を共有するという観点から」、執筆陣を募ったものである。そのなかでも、特に世界的に著名なジョン・E・ローマー氏と数量社会学で活躍されている佐藤嘉倫氏から寄稿を得ることができたのは、『季刊・経済理論』の水準を高めるうえでも、とても嬉しいことであった。このように、政治経済学とその隣接領域との相互討論を活発化させることは、「政治経済学の再生」にとって、必要不可欠のことである。今回の企画は、その第一歩といってよいのではないかと思う。今後、このタイプの特集の第2弾、第3弾が企画されることを切に望んでいる。

今回の企画は、偶然に、経済理論学会第55回大会(横浜国立大学)の共通論題「<格差社会>をどうみるか」と深く関わるものとなっている。第55回大会の内容は、次号第45巻第1号に掲載される。2つの号を連続して読んでいただくことの意義は、大きいと思う。共通論題の討論では、「格差社会」に関する現状分析や実証分析が中心となっていたが、今回の企画には、水準の高い理論的分析や規範的分析が豊富に入っていて、その意味でも補完的な内容となっているように思う。そのうえで、理論的分析・規範的分析と実証分析との相互促進的なフィードバック関係をいかに有効に発展させるかが、「格差社会」問題を分析するうえでの今後の大きな課題となるのであろう。

最後になったが、本号の掲載論文の1つが、通常の倍の分量であったことに関して、多少説明しておきたい。掲載できる投稿論文の数が少なかったので、全体のページ数との関係を考慮して、特別に当該論文に限り担当編集委員の裁量で字数オーバーを容認したものである。その意味で、特例と考えていただければ、幸いである。

「格差社会」に関する理論的分析・実証的分析が進んではいるものの、しかし「格差社会」の現実は、より一層、急速に悪化しているように思われる。この師走、多くのワーキング・プアや高齢者ホームレスを見て、心を痛めているのは、私だけではないだろう。

(植村博恭)

編集委員

委員長

  • 屋嘉宗彦(法政大学)

副委員長

  • 稲富信博(九州大学)

委員

  • 石倉雅男(一橋大学)
  • 石垣建志(茨城大学)
  • 出雲雅志(神奈川大学)
  • 植村博恭(横浜国立大学)
  • 大友敏明(山梨大学)
  • 佐藤良一(法政大学)
  • 清水 敦(武蔵大学)
  • 吉原直毅(一橋大学)
  • 米田 貢(中央大学)

経済理論学会について詳しくは、同学会のホームページ
http://www.jspe.gr.jp/
をご覧ください。