- 季刊 経済理論 第44巻第3号(2007年10月) 特集◎雇用と労働のゆくえ
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経済理論学会編
B5判並製/102頁
ISBN978-4-921190-94-1
定価2100円(本体2000円+税)
発行
2007年10月20日 - 目次
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[特集◎雇用と労働のゆくえ]
- 特集にあたって出雲雅志
- 間接雇用は雇用と働き方をどう変えたか--不安定就業の今日的断面伍賀一道
- 賃金構造の変化とペイ・エクイティ戦略の可能性居城舜子
- 青年問題を再定義する--ライフコース変動をめぐる社会経済とポリティクス中西新太郎
[論文]
- 食のグローバル化に対応する米欧の農業・食料研究--フード・レジーム論の方法論的意義記田路子
- 戦後日本の製造業における成長循環薗田竜之介
- 原理論の方法に関する一省察--山口「ブラック・ボックス論」を考える泉 正樹
[研究ノート]
- 政治学における合理的選択論と経済学西本和見
[書評]
- 山田鋭夫・宇仁宏幸・鍋島直樹編『現代資本主義への新視角--多様性と構造変化の分析』森岡真史
- 一井 昭・鳥居伸好編著『現代日本資本主義』増田壽男
- 二宮厚美著『ジェンダー平等の経済学--男女の発達を担う福祉国家へ』原 伸子
[書評へのリプライ]
- 『金融自由化と金融政策・銀行行動』に対する書評(評者:木村二郎氏)へのリプライ斉藤美彦
論文の要約(英文)
刊行趣意・投稿規定
編集後記(清水 敦)
- 特集にあたって
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「驚くべきは現時の文明国における多数人の貧乏である」??河上肇が『貧乏物語』の冒頭にこう書き記したのは1916年のことだった。その20年ほど前,1897年10月20日に東京から『アメリカン・フェデレイショニスト』へあてて英文通信を寄稿した高野房太郎は,当時,日本の先端産業の中核にあった紡績業で働く女性労働者の状態を次のように記録している。
紡績業に雇用されている労働者のうち9歳から40歳までの女性が76%あまりを占める。その大半は18歳から27歳で「国の内陸部から,期間3年から5年の契約で連れてこられ,会社所有の宿舎に,費用は会社もちで寝泊まり」する。賃金は地域によって異なり,西南地方でもっとも低く東京がもっとも高い。西南地方が1日平均5銭6厘で東京は15銭2厘。全国平均で9銭9厘(2銭はアメリカの1セント)。このなかから「毎日(全国平均で)6銭を食費として支払わねばならず,その残りが,衣服費と,どんなにつつましく暮らす娘でも3銭はかかる雑費に費やされ」る。これでは「まともに暮らすのは不可能に近い」。低賃金であるばかりか「労働条件もじつに非道」だ。ほぼ「全国すべての紡績工場で機械は一日中休むことなく運転され,職工は(児童をふくめ)夜でも昼でも1日12時間労働を要求され,しかも夜間労働に対する何の割増しも」ない。休日は1ヵ月に2日だけで「これとて職工に必要な休息を与えるためというより,機械整備のためにある」。「機械がときどき整備を必要とするのは,まことに幸運」だ(『明治日本労働通信』岩波文庫)。
日本の労働組合と生活協同組合の生みの親として知られる高野房太郎が「過度な長時間労働,不健康な環境,低賃金,不十分な食事と非道な規則」のもとにおかれた女性労働者の過酷な現実を書きとどめてからちょうど110年の時がたつ。けれども,「産業の進歩に対する彼女らへの配当」と高野が皮肉をこめて言いあらわした「悲惨,不幸,汚辱,貧困,そして飢餓,若衰」は,とっくに過ぎ去った歴史の一齣にすぎないといえるだろうか。??100年あまり前の状況が,いま,ここにある日本の現実と重なってみえる(注)。
(注)その一端は,たとえば小林美希『ルポ 正社員になりたい』影書房,中野麻美『労働ダンピング』岩波新書,岩田正美『現代の貧困』ちくま新書,森岡孝二『働きすぎの時代』岩波新書,熊沢誠『若者が働くとき』ミネルヴァ書房,などに描かれている。
ふりかえれば,1563年にイギリスで制定された「職人(規制)法」には,3月中旬から9月中旬のあいだ職人は朝5時から夜の7時か8時まで働き,9月中旬から3月中旬までは日の出から日没まで働きつづけなければならないと規定されていた。農民も夜が明けてから日が暮れるまで働いた。しかし,工業化以前の社会で生活するひとびとが工場とオフィスで働く今日の労働者と同じ「密度」で働いていたわけではない。週末から飲んだくれたあげく月曜日も働かない「聖月曜日」の習慣は,イギリスでは少なくとも18世紀半ばまで,フランスでは19世紀になっても生きつづけた。ひとびとは季節におうじて伸び縮みする自然の時間にあわせて暮らし,気候や天気に左右される労働の時間は,生活(非労働)の時間とまだはっきりと区別されてはいなかった。祝祭日だけでも1年のおよそ3分の1を占めていた。
ところが,産業革命によって社会は急変する。技術革新が熟練を駆逐し,工場制度は「機械時計」に従う長く激しい労働を強制した。煤煙におおわれた都市の劣悪な生活環境が流入する移民や労働者の健康をむしばみ,不況の波は貧困と病を蔓延させた。階級社会の形成と維持は(経済学)教育や宗教によって正当化され,新たな生活様式や厳しい規律が要求された。次々と発見される新しい科学的知見は,驚きと衝動をともなって,一方では科学的知識への関心を高めたが,他方では脅威が反転して「超常現象」や擬似宗教が横行した。しかし,この変貌の過程がすすむと,やがて反作用と反流が前面にでて,不安と対立が社会的緊張をうみだす。宗教や道徳に対する抵抗が生じ,労働者のあいだでは破壊された社会的な絆の再生や相互扶助の再建がはかられた。自然と人間社会とのバランスに目が向けられ,労働時間の短縮と人間らしい生活を求める運動はゆるやかでも着実にすすんだ。
だが,冷戦の終わりを転機に,むきだしの市場原理(主義)がそれに対抗する思想も運動も打ち砕いてきたかにみえる。歴史の「終焉」ではなく,歴史の「退行」がはじまったのだろうか。
バブル経済の後,日本でも貧富の差が大きく開いた新たな階層(階級)社会がうみだされた。「自助努力」や「自己責任」がむやみに強調され,慢性的な賃金低下や不安定雇用とともに社会保障や福祉の後退がつづく(18世紀末には「失業」が「怠惰」という個人的な状態ではなく,社会的な状況を意味する語になったものの,その内実をめぐるせめぎあいはなお続いたというレイモンド・ウィリアムズの指摘は,「何もしない」ことと「仕事がない」こととをあえて混同する意図をみるのに示唆的だろう)。社会的孤立を深めるひとびとにほとんど不可能な負担を強いつつ,さらに状態が悪化するとの脅威を与えれば,その先になにが待ちうけているのか??。
そのことを考えるうえで,現場に目を凝らし,そこに生きるひとびとに寄り添いながら雇用と労働の現状を明らかにすることは,今日もっとも重要な課題のひとつであろう。日本社会全体の「寄せ場」化がすすみ,300万人をこえるとみられる全産業におよぶ間接雇用急増の現状と背景を論じた伍賀論文,男性のわずか51.3%という女性労働者の性差別賃金の,ペイ・エクイティ(同じ仕事であれば雇用形態や労働時間にかかわりなく時間当たり賃金は同じという原則)戦略による打開の可能性をさぐった居城論文,その日暮らしに陥る若年層の孤立と貧困化を青年期固有の問題と関連づけ,階層化された社会化過程の実態を明らかにした中西論文は,それぞれこの課題に正面から取り組んでいる。
中井久夫の言葉をかりれば,雇用,労働,賃金とは,つまるところ「暮らしやすさ」「生きやすさ」のことであり,「公平感」「開かれた社会にある感覚」の問題である。この視点と感覚を大切にしたい。
(出雲雅志)
- 編集後記
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はじめに、本号にご執筆いただいた皆様に感謝を申し上げます。本誌が毎号充実した内容で刊行されるためには、執筆をお願いした方々のご協力があり、活発な論文投稿があることが、絶対的な条件となります。編集委員会の仕事はその上で成り立つわけで、本誌は、会員諸氏のご協力に支えられていることを、編集に携わって痛感しています。
皆様ご案内のように、各巻の第1号は本学会の大会の共通論題の報告を掲載していますが、それ以外の各号は、それぞれテーマを決めて特集としています。これまでの特集のテーマをみますと、現代経済を理解するうえで重要で興味深いテーマが並んでいます。このテーマは編集委員会で立案しますので、手前味噌にはなりますが、この点については会員諸氏もご同意いただけることと思います。
編集委員会では、それぞれのテーマにつき執筆者として適任な方を考え、候補となった方々に執筆をお願いしています。特集論文の執筆者は、必ずしもすべて本学会会員というわけではありませんが、多くは会員の方にご執筆いただいています。執筆をどの方にお願いするかを考える編集委員会の議論に加わって、本学会の会員の研究分野の広さを改めて認識した次第です。本誌の刊行が進むにつれ、以前のものと重複しないように新しいテーマを考えるのに知恵を絞らなければならなくなるのは事実ですが、今後も興味深いテーマで特集を組んでいけるよう、編集委員会としても努力しますので、会員の方々が今後もご協力いただけるようお願いいたします。
大会共通論題の論文や特集論文と並んで本誌の柱となるのは、投稿論文です。大学の紀要などでは掲載論文の不足によって合併号となったり、頁数の少ない号となったりする場合がときどき見受けられますが、本誌はそのようなことなく毎号きちんとしたかたちで刊行できています。レフェリーの厳正な審査を通過して毎号必要な数の投稿論文が掲載されていることは、投稿論文の数と水準がそれを可能とするものであることを示しています。高い水準の投稿論文が多く掲載されることは、学会誌のレベルを維持するうえで是非必要なことですので、今後も会員の方々の投稿を宜しくお願いいたします。第44巻1号のこの欄で屋嘉編集長がお書きになっているように、現在、編集委員会では掲載不可の場合にも、たんに結果だけを知らせるのではなく、掲載不可の理由や今後の研究に役立ててもらう審査評を付して通知することにしています。また、論文によってはそのまま掲載するのではなく、改善すべき事項を執筆者に知らせ、改訂をお願いすることもしています。これらはレフェリーの指摘をもとに行われていますので、レフェリーをお願いした方々のご協力に支えられているわけです。紙幅の都合上触れることはできませんでしたが、書評をお願いしている方々を含め、本誌刊行のためのこれまでのご支持・ご支援に感謝いたすと同時に、今後のご協力を改めてお願いいたします。
(清水 敦)
- 編集委員
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委員長
- 屋嘉宗彦(法政大学)
副委員長
- 稲富信博(九州大学)
委員
- 石倉雅男(一橋大学)
- 石垣建志(茨城大学)
- 出雲雅志(神奈川大学)
- 植村博恭(横浜国立大学)
- 大友敏明(山梨大学)
- 清水 敦(武蔵大学)
- 吉原直毅(一橋大学)
- 米田 貢(中央大学)
経済理論学会について詳しくは、同学会のホームページ
http://www.jspe.gr.jp/
をご覧ください。