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経済学と経済教育の未来:日本学術会議(参照基準)を超えて   八木紀一郎(代表)・有賀裕二・大坂 洋・大西 広・吉田雅明編

経済学と経済教育の未来:日本学術会議〈参照基準〉を超えて

日本学術会議が公表した大学における経済学教育の標準化・制度化を企図した指針(「参照基準」)を、学会・学派を超えて多角的に検討し、経済学と経済教育の可能性を真摯に追究する。

金子 勝(慶應大学教授)推薦

本書を推す。生物も社会も多様性を失うと滅びる。経済学も例外ではない。

  • A5判/上製/308頁
  • 本体3200円+税
  • ISBN978-4-905261-24-7
  • 初刷:2015年4月1日

編者の言葉

本書は、日本学術会議が作成にあたった大学での経済学教育にかかわる「参照基準」にかかわる論議のなかから生まれたものである。正式にいえば「大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準 経済学分野」であり、2014年8月29日に成立した。大学にも小中高のような授業科目にかかわる学習指導要領のようなものがあるのかと驚く方がおられるかもしれない。しかし、この「参照基準」は「学習指導要領」のように教える内容を詳細に規定したものでもなければ、それに必ず従わなければならないという強制性をもつものでもない。日本の科学者のコミュニティを代表するとされる学術会議が、それぞれの分野の科学にかんする共通理解をまとめ、それにもとづいた教育のあり方を示して各大学に「参照」をよびかけるというあくまで任意的な基準である。

現在、一方における大学教育の大衆化と他方における経済社会の国際化のなかで、大学教育の履修者(卒業生)の知識・能力にかかわる「質保証」が社会の各方面から要求されている。学術会議はこの要請に対して、そのカバーする学問分野の全部にわたってそのような「参照基準」を作成することで応えようとして、2012年以来分野別の「参照基準」を次々に作成・公表してきた。各大学がその分野の教育課程を編成する場合に、どのようなレベルで教育をおこない、どのような知識・能力を学生に得させなければならないかを大学に意識させることで、各大学・各学問分野の自主性を維持しながら大学教育の「質保証」をさせようというのがその趣旨である。

経済学分野でも、学術会議の内部に専門分科会が設けられ、2013年の年初からにその制定に向けた会合が積み重ねられた。しかし2013年の秋に学術会議内の分科会で検討されている素案・原案の内容が明らかになると、いくつかの学会から経済学教育の画一化・標準化を促進するものになりかねないという懸念が表明され、その内容の是正を求める全国教員の署名運動も展開された。原案のなかに盛り込まれていた経済学についての基本的理解が極めて制約されたものであり、またその教育における具体化についてもわが国の実態に即していない部分が多かったからである。その後、原案に対して大幅な修正がおこなわれ、特定の経済学観を強調および具体化した箇所が削除されるなど、経済学およびその教育の多様性を認める方向が強められた。しかし、経済学とその教育を現代の社会的視野のもとで発展させていくという面での内容は乏しく、政治経済学や進化経済学、フェミニスト経済学などの経済学内部の批判的潮流の存在が無視されていることにも変わりがない。したがってこの署名運動に参加したものの多くにとっては、成立した「参照基準」が経済学教育、いや経済学そのものの画一化を促進し、その創造性を抑えつけるものになりかねないという懸念は払拭されていない。

本書の編集委員5名は、2013年の参照基準「原案」に対する是正の運動に参加した学会の関係者である。しかし本書のねらいは成立した「参照基準」の是非という問題を超えたところにある。私たちは、「参照基準」問題によって生じた緊張関係をばねにして、経済学と経済教育の可能性についてより真摯な議論をよびおこしたいのである。私たちも「参照基準」が経済学についての基本理解を経済学教育の在り方と結びつけたことの意義を否定するわけではない。経済学論、経済教育論はこれまで数多くあったが、「参照基準」はその両者を直接結びつけ、しかも大学に対してそれに対して何らかの態度をとることを求めた。これは大学を構成する研究者=教員に対する一つの挑戦である。したがって、「参照基準」の内容に批判的な経済学研究者=教員の側でも、経済学の特性とその教育についての見解を積極的に表明し、「参照基準」を超えた発展可能性を論じる必要がある。成立した「参照基準」もそのような論議の渦の中に置かれることによって、その画一的な理解・画一的な利用の弊から免れることができるであろう。

本書は、最初に「参照基準」問題の経緯とその国際的背景を説明した編集委員会代表の序論をおいたあとに、「参照基準」問題を超えて経済学および経済学教育の現状と未来の可能性を論じた本論の各章を配置している。本論各章の執筆者には、所属学会ではなく個人の責任で自由に論じていただくよう要請した。実際、各執筆者の立場や論じ方は多様であり、学術会議版「参照基準」やその作成者たちのよってたつ経済学観に対する評価にも差異がある。しかし、すでに述べたように、本書は論議を生み出すためのものであり、見解を統一するためのものではない。編集委員以外の寄稿者の方々が、執筆依頼から提出締め切りまで2〜3か月という短期間のなかで原稿をご完成いただいたことはありがたいことであった。

また、本書には問題の学術会議の「参照基準(経済学分野)」とその作成にあたった「経済学分野の参照基準検討分科会」の岩本康志委員長がその個人ブログで公表した文章を参考文書として収録している。岩本氏は昨年来の「参照基準」の作成過程を通じて一貫して公開性を維持されて、私たちの異論にもご対応いただいた。そのうえで、本書の企画に対しても両文書の収録を許可された。改めて感謝を申し上げます。

「大学の自由(アカデミック・フリーダム)」は、「研究する自由」「成果を発表する自由」「教える自由」から成り立っていると言われる。大学で学ぶ側からいえば、さらに「学ぶ自由」が重要である。しかし大学もそこで研究される科学も社会のなかに存在し、大学は教育機関としての機能を果たさなければ存立しえない。両者を両立させること、また経済学という社会科学の領域において、研究を発展させ、学生の学びを促進すること。そのための方針・方策について議論がさらに深められ、実際にも多くの成果があげられることを編集委員は心から祈念している。

(八木紀一郎)

目次

  • 序論 経済学の「参照基準」はなぜ争点になったのか(八木紀一郎)
  • 第1章 教育に多様な経済学のあり方が寄与できること:教育の意義を再構築する(大坂 洋)
  • 第2章 経済学はどのような「科学」なのか(吉田雅明)
  • 第3章 マルクス経済学の主流派経済学批判(大西 広)
  • 第4章 競合するパラダイムという視点(塩沢由典)
  • 第5章 純粋経済学の起源と新スコラ学の発展:今世紀の社会経済システムと経済システムの再定義(有賀裕二)
  • 第6章 「経済学の多様性」をめぐる覚書:デフレと金融政策に関する特殊日本的な論争に関連させて(浅田統一郎)
  • 第7章 経済学に女性の居場所はあるのか:フェミニスト経済学の成立と課題(足立眞理子)
  • 第8章 経済学の多様な考え方の効用:パート労働者の労働供給についての研究例から(遠藤公嗣)
  • 第9章 地域の現実から出発する経済学と経済学教育:地域経済学の視座(岩佐和幸)
  • 第10章 主流派経済学(ニュー・クラシカル学派)への警鐘:経済理論の多様性の必然(岩田年浩)
  • 第11章 大学教育の質的転換と主体的な経済の学び(橋本 勝)
  • 第12章 働くために必要な経済知識と労働知識(森岡孝二)
  • 資料
    • T 大学教育の分野別質保証のための教育課程編成上の参照基準:経済学分野(日本学術会議)
    • U「経済学分野の教育課程編成上の参照基準」の審議について(岩本康志)

執筆者(執筆順)

  • 八木紀一郎(やぎ・きいちろう)摂南大学経済学部教授(所属学会:経済理論学会・経済学史学会)
  • 大坂 洋(おおさか・ひろし)富山大学経済学部准教授(所属学会:経済教育学会・進化経済学会)
  • 吉田雅明(よしだ・まさあき)専修大学経済学部教授(所属学会:進化経済学会・経済学史学会)
  • 大西 広(おおにし・ひろし)慶應義塾大学経済学部教授(所属学会:基礎経済科学研究所・経済理論学会)
  • 塩沢由典(しおざわ・よしのり)大阪市立大学名誉教授(所属学会:進化経済学会)
  • 有賀裕二(あるか・ゆうじ)中央大学商学部教授(所属学会:進化経済学会)
  • 浅田統一郎(あさだ・とういちろう)中央大学経済学部教授(所属学会:日本経済学会・進化経済学会)
  • 足立眞理子(あだち・まりこ)お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授・ジェンダー研究センター長(所属学会:日本フェミニスト経済学会・経済理論学会)
  • 遠藤公嗣(えんどう・こうし)明治大学経営学部教授(所属学会:社会政策学会)
  • 岩佐和幸(いわさ・かずゆき)高知大学人文学部教授(所属学会:日本地域経済学会・日本農業市場学会)
  • 岩田年浩(いわた・としひろ)京都経済短期大学経営情報科教授(所属学会:経済教育学会・応用数理学会)
  • 橋本 勝(はしもと・まさる)富山大学大学教育支援センター教授(所属学会:大学教育学会・経済教育学会)
  • 森岡孝二(もりおか・こうじ)関西大学名誉教授(所属学会:経済理論学会・経済教育学会)
  • 岩本康志(いわもと・やすし)東京大学大学院経済学研究科教授(日本学術会議経済学委員会経済学分野の参照基準検討分科会委員長)