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子どもの貧困と社会的排除
子どもの貧困と社会的排除

テス・リッジ(イギリス・バース大学)
中村好孝(なかむら・よしたか:滋賀県立大学助教)・松田洋介(まつだ・ようすけ:金沢大学准教授)
渡辺雅男(わたなべ・まさお:一橋大学教授)監訳

貧困家庭の子どもから見える,家族,学校,友人関係,そして自分の将来
「流行についていけない。」「放課後友だちと遊ぶお金がない。」・・・・・
現代の消費社会のなかで、いじめや排除と隣り合わせに生きる子どもの貧困経験を,子どもに直接インタビューすることで得られた生の声をとおして浮き彫りにする。

四六判/上製/348頁
ISBN978-4-921190-65-1
本体3200円+税
発行
初刷:2010年5月12日

著者の言葉

本書は,貧困状態にある子どもたちの生活と経験を扱った著作である。子どもを中心に据えた視点から,子どもの貧困という問題や現実について,理解を深める機会を提供しようとするものである。2000/01年度には,390万人の子どもたち(英国の子ども全体のほぼ3分の1)が貧困状態で暮らしており,子ども期の一部を貧困の中で過ごす可能性は,イギリスの多くの子どもたちにとって憂慮すべき現実となっている。それゆえ,貧困と社会的排除を経験することが,子どもたちの社会生活と家族生活にどのような影響を与えるのかについての立ち入った理解がどうしても必要となる。先行研究からもわかるように,貧困状態の中で成長するということは,多くの子どもたちにとって深刻な悪影響をもたらす。十分理解されていないのは,貧困と社会的排除の経験が,子どもたち自身の認識にどのような影響を与えるのかという点である。また,子どもたちが自らの貧困経験をどのように解釈しているのか,そしてその経験が,その違いを通じてどのように媒介され,社会的・構造的に多様な環境にどのように埋め込まれるのかについても,私たちの理解はほとんど届いていない。本書は,考察の中心に子どもを置き,また,貧困が彼らの日々の生活にどのような社会的・経済的圧迫をもたらすかを明らかにすることによって,前記の問いにいくらかでも答えようとするものである。この「子ども中心」のアプローチは,本書で用いられている調査と分析のプロセス全体を支えている。本書の中心は,貧困の中で生活している子どもたちと若者を対象に行なわれた新たな経験的研究からの知見である。この調査研究は,子どもたち自身の説明をとおして,子ども期の貧困と社会的排除の,経済的・社会的・人間関係的な影響力を探るものである。政策の立案と実行にあたって,より包摂的で包括的な社会をめざして努力することが求められ,また,それと同時に,子ども期の貧困と社会的排除の経済的・社会的な不利益に対処することが求められている今日,本書の刊行はとくに時宜を得たものである。

訳者の言葉

本書は,Tess Ridge, Childhood Poverty and Social Exclusion:From a Child’s Perspective, The Policy Press, 2002の翻訳である。原著者のテス・リッジは,バース大学の社会・政策科学部の上級講師であり,貧困と社会的排除、とくに本書で論じている子ども期の貧困と社会的排除を研究テーマとしている。編著にシャロン・ライトとの共編でTess Ridge and Sharon Wright (eds.), Understanding Inequality, Poverty and Wealth, The Policy Press, 2008がある。

本書の最大の特徴は,「子どもの視点から」(本書の副題)の調査だということである。第3章から第5章までは,貧困状態に暮らす子どもと若者たちに対するインタビューを用いた質的調査の章である。子どもたちの生活の経済的・物質的な側面(第3章),学校生活の社会的・関係的な側面(第4章),家庭環境や学校外での生活(第5章)の側面から,子どもたちの主観的な説明をとおして,子どもの貧困と社会的排除についての理解を進めている。

本書の第2の意義は、……貧困が子どもたちの間で生じる社会的排除とどのように結びついているのかを描き出していることにある。別言すれば,子どもたちの日常生活に貧困がどのように立ち現れ,それがかれらの学校生活や友人関係の維持・形成の有り様をどのように規定しているのかを,かれら自身の言葉を用いて説明しているということである。

最後に,本書の第三の意義として,政府の反「子どもの貧困」政策の効果を調査から得られた知見をもとに検証し,具体的なオルタナティブを提示していることをあげる。第2章でその経緯を論じているように,リッジが本書を手がけた2000年前後は,長年の保守党政権による貧困や社会的排除の拡大に対する批判の上にブレア労働党政権が登場し,子ども期の貧困問題が中心的な政策アジェンダへと位置づけられていった時期でもあった。リッジはブレア労働党が子育て支援のための財政措置を大幅に拡充したこと,また,子どもや若者を政策形成に参加させようとしていることなどについては積極的に評価しつつも,決して手放しで賛美はしない。むしろ,シングルマザーなどを対象として福祉から就労への移行を要とする改革全体の基調に対しては,子どもの貧困の削減の効果はほとんど期待できないと強く批判している。調査データに根ざした冷静なリッジの政策分析は,反貧困を標榜する政策が,場合によっては,貧困にある人々をさらに苦しめることになることを喚起している。

翻って日本社会では現在、1990年代から続いてきた自民党政権による「構造改革」に対する批判を背景に,民主党政権が登場する中で「貧困」が政治的なアジェンダとして定着しはじめている。本書が検討した政治社会状況と重なる部分は大きい。戦後に異なる福祉政策を展開させたイギリスの事例をそのまま日本に当てはめることはできないにせよ,子どもが生きている生活の文脈に反貧困政策が与える影響を読み解くという本書のスタンスから得られる示唆は大きいだろう。

目次
  • 第1章 挑戦的課題としての「子どもの貧困」--子どもを中心に据えたアプローチ
    • 第1節 子どもの貧困という挑戦的課題
    • 第2節 貧困状態に置かれた子どもたちについて,私たちはなにを知っているのか
    • 第3節 子どもを中心に据えた調査とはなにか
    • 第4節 子どもたちの貧困体験を理解する
    • 第5節 貧困状態にある子どもたちの日々の課題を理解する
  • 第2章 子ども期の貧困について,私たちはなにを知っているのか
    • 第1節 イギリスにおける子ども期の貧困の歴史的概観
    • 第2節 20世紀初頭における子ども期の貧困
    • 第3節 「福祉国家」以後
    • 第4節 1980年代以降の子ども期の貧困
    • 第5節 21世紀初頭における子どもの貧困
    • 第6節 イギリスにおける現状
    • 第7節 労働党と子どもの貧困
    • 第8節 要約
  • 第3章 経済的・物質的資源を子どもたちはどう確保しているか
    • 第1節 物質的資源と潜在能力
    • 第2節 小遣い--安定した財政的資源として
    • 第3節 親たちは小遣いをどう考えているか
    • 第4節 労働--ひとつの収入源
    • 第5節 子どもと若者はなぜ働くのか
    • 第6節 親たちは子どもが働くことについてどう考えているか
    • 第7節 移動手段--社会参加にとっての鍵
    • 第8節 親たちは移動手段をどうとらえているか
    • 第9節 要約
  • 第4章 「仲間に溶け込むこと」と「仲間と参加すること」--社会関係と社会統合
    • 第1節 「仲間に溶け込むこと」--友人関係
    • 第2節 「溶け込むこと」--服装の重要性
    • 第3節 「仲間に参加すること」--学校での社会体験
    • 第4節 親たちは学校をどう見ているか
    • 第5節 無料の学校給食
    • 第6節 要約
  • 第5章 家庭生活と内省
    • 第1節 「仲間に加わる」--余暇時間とクラブ
    • 第2節 子どもと若者の余暇機会に寄せる親の心配
    • 第3節 家族と一緒に休暇を過ごす機会
    • 第4節 家族での休暇についての親の心配
    • 第5節 家族内のニーズ充足についての子どもたちの認識
    • 第6節 内省--子どもたちは給付金を受給していることをどう考えているのか
    • 第7節 内省--子どもたちはなにに悩んでいるのか
    • 第8節 親と金銭についての悩み
    • 第9節 親たちは自分の子どもの生活に対する貧困の影響についてどう考えているか
    • 第10節 内省--子どもと若者はなにを変えようとしているのか
    • 第11節 要約
  • 第6章 学校についての体験と認識--イギリス世帯パネル若者調査(BHPYS)データの分析
    • 第1節 子どもと若者の学校体験
    • 第2節 子どもと教師との関係
    • 第3節 子どもと若者は学校をどのように認識しているのか
    • 第4節 要約
  • 第7章 子ども期の貧困と社会的排除--子どもたちの視点を組み込んで
    • 第1節 子どもと若者の聞き取りから学んだこと
    • 第2節 子どもたちの経験を理解するうえで重要となる媒介的要因
    • 第3節 研究から浮かびあがる中心的問題
    • 第4節 これまでの知見を踏まえて--政策的提言
    • 第5節 今後に向けて--子どもと若者の声に耳を傾けそのニーズに応える
  • 付録 第7回イギリス世帯パネル若者調査(BHPYS)について
  • 訳者あとがき
  • 調査・報告・統計・出版物索引
  • 事項索引
  • 人名索引
  • 文献