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いま社会主義を考える:歴史からの眼差し  メトロポリタン史学会編
いま社会主義を考える:歴史からの眼差し

(メトロポリタン史学叢書2)
20世紀社会主義,その歴史的意味を問う!

執筆者
  • 中野隆生(なかの・たかお:学習院大学教授)
  • 和田春樹(わだ・はるき:東京大学名誉教授)
  • 平塚健太郎(ひらつか・けんたろう:メトロポリタン史学会会員)
  • 中嶋 毅(なかしま・たけし:首都大学東京准教授)
  • 奥村 哲(おくむら・さとし:首都大学東京教授)
  • 栗原浩英(くりはら・ひろひで:東京外国語大学教授)
  • 篠原 琢(しのはら・たく:東京外国語大学教授)

メトロポリタン史学会は首都大学東京の歴史研究者を中心に結成された学会です。
詳しくは、http://www.geocities.jp/metropolitanshigaku/をご覧ください。

四六判/上製/264頁
ISBN978-4-921190-61-3
本体2700円+税
発行
初刷:2010年3月5日

編集の言葉

21世紀もはや8年が経過した。ベルリンの壁の崩壊やソ連・東欧圏の解体、そして冷戦の終焉といった事柄は、いまや完全に歴史の一コマとなった。2008年の秋以降のアメリカに発する金融危機とその世界経済危機のゆえに大きな打撃を受け苦しんでいるとはいえ、かつてソ連の中核であったロシアはその資源を背景にして国際的発言力を強め、共産党支配体制を堅持しつづける中国は巨大な人口を擁して資本主義的活動を促しつつ世界での重みを増しつつある。いわゆるBRICs(ブリックス)の一角を占める両国は、急速に経済力をつけ台頭する新興国として、先進諸国に主張を突きつけ、地球規模の主導権争いを繰り広げている。近々20年ほどのあいだに、世界の事情は文字通り一新されたのである。そうした現状において「いま社会主義を考える」意義はどこに求められるだろうか。たとえば、この論集のベースとなった2006年11月25日のメトロポリタン史学会シンポジウムへ向けたアピールには以下のようにある。

「今日から見れば、社会主義体制は20世紀特にその後半という、限られた時代の歴史的産物でしかなかったことが、すでに明白になっている。物心がついたころにはベルリンの壁もソ連ももはや存在していなかった、そんな若者たちが大学生となる現在、かつてのイデオロギーから離れて、社会主義の歴史的意味を冷静に探るべき時が来ているように思われる。

とはいえ、社会主義体制が掲げたマルクス主義を含む、社会主義それ自体はまぎれもなく思想・運動であり、多くの人を捉え動かした。それなしには社会主義体制が成立しえなかったことは否定できない事実である。

20世紀において、どのような状況の下で、どのような人々が、社会主義思想を受け入れ、再解釈していったのか? そこから、どのような運動が生まれ展開されたのか? そうした思想や運動と、現実に存在した社会主義体制はどのように関わっていたのか? また、今日から見て、そうした社会主義の思想・運動や社会主義体制は、どのような歴史的意味をもっているのか? シンポジウムでは、そのような問題を考えてみたいのである。」

このアピールでは、思想・運動、体制という異なる次元を意識しながら、社会主義をとらえ議論しようと呼びかけられている。ところで、現在の時点において、思想・運動の次元と体制の次元のいずれであれ、社会主義を問題にするとすれば、現実に存在した事象を実態的にとらえ、いわば客体として社会主義を対象化してゆくという方法が採用されることであろう。

たとえば現存した「体制としての社会主義」を検討対象にするとしよう。その場合、国家の社会にたいする働きかけ、国家の働きかけへの社会の反応や対応、国家や社会の背景にある伝統、慣習、価値観など、様々な要因の絡み合いを解きほぐしてゆくことなる。確かに社会主義体制が旧来の社会に根源的な変更を強いたからには、これら諸要因のあり方や相互の関係はことさら複雑であろうし、依然として社会主義にもとづく体制という思いが率直に事態を見きわめる眼差しを曇らせるかもしれない。それでも、社会主義体制を、それが成立し機能した地域社会の現実的要因の一つとして、国民国家、大衆社会、公共性など、他の国家や社会を考えるときにも援用される概念や言葉を用いて検証し語るというスタンスに立つことは可能である。この指摘は社会主義の思想・運動を扱うときにも多少なりとも当てはまる。すなわち、個人であれ集団であれ、担い手は誰か、いかなる活動を展開したか、それらが展開した時代背景や社会背景はどのようなものであったかと問い、そういった設問や検討から社会や時代の何が見えてくるのか、やはり多様な思想・運動の理解に広く用いられてきた概念や言葉を駆使して探ってみるのである。「思想・運動としての社会主義」に焦点を合わせながら、また時代的な分脈をおさえつつ、それが生成され展開された社会を読み解いてゆく。

ところが、現に存在した国家について国家自らが「社会主義」を称したことの意味を問い直そうとするやいなや、たちまち事態を見極める困難さは増し、新たな方法の模索が不可欠になるように思われる。いわば政治文化にかかわる、その種の難しさは、「思想・運動としての社会主義」を相手にするとき、さらに一層、強く感じられはしないか。「思想・運動としての社会主義」は、いまだ社会主義の実現が夢でしかない社会にも、社会主義体制を敵として認知していた資本主義的・自由主義的な社会にも、既存の社会主義体制にたいする内在的な不満や批判の表明としても、実に多様なかたちをとりつつ存在した。したがって、社会主義を称する思想・運動における用語や行動を観察して慎重に測定して、それぞれの置かれた社会的・文化的脈絡のなかに位置づけなければならないが、こうした検討作業は、きわめて多様な歴史状況とその変化に目配りしなければならない。それはことさら流動的な作業となり、歴史家の立脚点も問い返されるはずである。このように、いま社会主義を俎上にのせるとき、政治にまつわる文化という側面は困難にして肝要な課題となっている。政治文化を意識しながら検討を進め、時代を同じくする様々な事象と同列において、社会主義の思想・運動、そして体制を展望する道を切り開かなければならないのである。

本書は、以上のような社会主義にかんする歴史的研究の現在を照射・確認し、これからの模索の方向をさぐろうとする諸論考から構成されている。社会主義体制の実態把握に取り組むこともあれば、思想や運動を問い返しながら、文化の側面に対峙することもあろう。しかし、そのいずれもが、社会主義研究の現状を打破しようと意欲的に社会主義の諸相に問い掛け、また社会主義から国家や社会を見通そうと試みているのである。                       

目次
  • はじめに (中野隆生/奥村 哲)
  • 思想としての社会主義を問う (和田春樹)
  • 初期社会主義と地方改良運動-模範町村」をめぐる交差と対抗を中心に (平塚健太郎)
  • 社会主義ソ連における国家と社会の変容 (中嶋 毅)
  • 文化大革命からみた中国の社会主義体制 (奥村 哲)
  • ベトナムの社会主義--制度としての社会主義から理念としての社会主義へ (栗原浩英)
  • チェコ異論派の全体主義論と歴史認識 (篠原 琢)