フィンランドの先生 学力世界一のひみつ R.ヤック−シヴォネン & H.ニエミ編/関 隆晴・二文字理明監訳

どこがちがうのか!
フィンランドの教員養成を紹介して学力世界一のひみつに迫ります。
- R・ヤック−シーヴォネン ヘルシンキ大学教授
- H・ニエミ ヘルシンキ大学副学長
- 石川聡子(いしかわ・さとこ)大阪教育大学准教授・理科教育学
- 石橋正浩(いしばし・まさひろ)大阪教育大学准教授・臨床心理学
- 関 隆晴(せき・たかはる)監訳者・大阪教育大学教授・地域連携教育
- 二文字理明(にもんじ・まさあき)監訳者・大阪教育大学教授・北欧学
- 野田文子(のだ・ふみこ)大阪教育大学副学長・家庭科教育学
- 森田英嗣(もりた・えいじ)大阪教育大学准教授・教育方法学
- 森 実(もり・みのる)大阪教育大学教授・人権教育学
- 四六判/上製/312頁
- ISBN978-4-921190-55-2
- 本体2600円+税
- 初刷:2008年12月10日
訳者の言葉1(「日本語版に寄せて」より)
訳者の言葉2(訳者あとがきより)
本書は、Ritva Jakku-Sihvonen & Hannele Niemi (Eds.), Research-based Teacher Education in Finland: Reflections by Finnish Teacher Educators, Research in Educational Sciences 25, Finnish Educational Research Association, Finland, 2006. の全訳である。原本は、関隆晴教授を団長とする大阪教育大学の一行が2007年1月に北欧視察を行った際、一行のひとりとかねてより旧交のあったウッラ・ラーティネン教授(Pedagogiska Fakulteten, bo Akademi)から入手した。
日本での北欧への関心は決して大きくはないが、堅実に持続しつつある。なかでもフィンランドへの関心は近年富みに高まっている。かつてフィンランドはその高い経済成長のゆえに「ヨーロッパの日本」といわれたこともある。最近では、ノキアをはじめとする国際的企業の躍進、学力テストの成績が世界一であるというPISAの結果、これらはフィンランドの魅力をかきたてる格好の材料になっている。しかし、日本での北欧理解はなかなか進んでいないのも事実である。関心はあっても情報量の少なさのため一知半解状態が続いている。フィンランド関連の出版物もまだまだ少ない。フィンランドの教育を「先生の養成」に視点をおいて書かれた本書は少なくとも現状では貴重な文献であるとただちに判断して翻訳にとりかかった。各自で分担した訳稿を持ち寄り推敲する合宿を重ねてようやく刊行のめどがついたときはすでに1年を超えていた。訳稿を推稿する過程で、本書を手がかりに日本の教員養成の現状と問題点、ひいては日本の学校教育における先生の役割や教員養成大学の問題にまで訳者らの間で議論が盛り上がった。 本書によれば、フィンランドの教育の成功の秘密は先生にある、すぐれた先生の養成こそが教育の成功の秘密であるという。混迷する日本の教員養成プログラムのあり方にも必ず示唆するものがあるはずだという見通しで訳者らの意見は一致し、翻訳は開始された。
PISAの結果においてチャンピオンのフィンランドが、日本で評判のよくない「総合学習」の本家であることにまず注目したい。そのうえで、問題解決能力の涵養、主体的にかつ創造的に学ぶ力の育成、科学的な研究成果に立脚した教育指導、研究力量も備えた先生の養成、児童生徒の個性に応じた指導(学習困難児・英才児)、人権意識に立脚した市民形成教育、とりわけ、ジェンダーの視点の重要性が強調されている。いまや地球規模で追求するべき課題が列挙された本書に学ぶべき点はあまりにも多い。日本の教育を教員養成の視点から総点検するにあたっても本書は有益な内容を確実に備えていると思われる。
本書はまず、フィンランドの教育に関する基本的事実の資料として、さらに、躍進し注目されるフィンランドの教育の秘密を探る貴重な文献として読者に活用されることを願う。先生を志す大学生、教員養成に携わる大学の先生、学校現場で日々苦闘する先生方、政策を担う行政関係の方々をはじめ、日本の教育を憂うすべての人にぜひ読んでいただきたい。
(以下略)
2008年夏 二文字理明
目次
- 日本語版に寄せて 関 隆晴/野田文子
- フィンランドの教育
- 本書との出会い
- 本書の構成と特色
- 我が国の教員養成改革に向けて
- まえがき リトヴァ・ヤック-シーヴォネン/ハンネレ・ニエミ
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序論 フィンランドの教育制度と先生の役割
- はじめに
- 第1節 学校行政の特徴
- 第2節 質のよい先生を養成する
- 第3節 国際的な比較における学習結果
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第1部 フィンランドの先生
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第1章 ボローニャ・プロセスの展開
- はじめに
- 第1節 国内での透明性の確保された協力体制の進捗
- 第2節 ネットワークによる教員養成制度の再編
- 第3節 教授学の強力な発展
- 第4節 各大学の積極的な参加
- おわりに
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第2章 研究に基礎を置く教員養成
- はじめに
- 第1節 教員養成制度の評価
- 第2節 ボローニャ・プロセス以後の教員養成
- 第3節 カリキュラムの構造
- おわりに
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第3章 教育実習の機能
- はじめに
- 第1節 教員養成における学問的知識と職業的専門知識
- 第2節 教育実習の原理
- 第3節 学校の教育論と大学の教育論
- 第4節 教育実習の役割
- 第5節 スーパーバイザー養成の重要性
- おわりに:教育実習の発展を求めて
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第4章 探究型教育実習のスーパービジョン
- はじめに
- 第1節 教育実習こそ教員養成とスーパービジョンの跳躍台
- 第2節 専門家としての姿勢と適性
- 第3節 教授学的知識を高める
- 第4節 スーパーバイザーの役割
- おわりに
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第5章 先生の成長を支えるメンター制度
- はじめに
- 第1節 鍵となる教師
- 第2節 専門性を伸ばし続ける
- 第3節 教師の専門性の成長をふり返り持続させる
- 第4節 教育制度における初任者の採用
- 第5節 初任者を支援するメンター制度
- 第6節 メンターによる対話の促進
- 第7節 メンター制の活用
- おわりに:初任者教師が元気になるメンター制度
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第6章 研究者としての先生による教育研究ネットワーク 相互作用的な専門職性と力量形成のための広場
- はじめに
- 第1節 フィンランドと教師の形成する洗練された知識社会
- 第2節 TRN(研究者教師ネットワーク)の背景
- 第3節 教育実習生への支援環境としてのTRN
- 第4節 TRNの目標
- 第5節 TRNの活動
- 第6節 科学教育に関する事例
- 第7節 専門職開発の広場と力量形成への道としての出版活動
- 第8節 財政基盤
- おわりに
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第7章 情報通信技術を教育に活用できる先生の養成
- はじめに
- 第1節 フィンランド仮想大学:国レベルの協働の場
- 第2節 フィンランド仮想大学教育学部プロジェクト
- 第3節 大学教員の情報通信技術コンピテンス
- 第4節 新たな教員養成の構造における情報通信技術
- 第5節 情報通信技術の促進に関する教訓
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第1章 ボローニャ・プロセスの展開
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第2部 学力世界一のひみつ
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第8章 初級学年の読み書き教育のできる先生
- はじめに
- 第1節 初級学年の読み書き教育のできる先生の養成
- 第2節 一、二年生教育のための教員養成の歴史
- 第3節 理論知、実践知、そして文化知:教員養成における新たな挑戦
- 第4節 自ら研究して身につける内省的な教え方
- おわりに
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第9章 才能ある子どもを教育する
- はじめに
- 第1節 才能ある子どもの教育に関する研究の必要
- 第2節 才能ある児童生徒の教育に向けた準備
- おわりに:さらなる向上の可能性
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第10章 学習困難を克服する
- はじめに
- 第1節 児童生徒のリスクの拡大と「福祉的処遇」に関する関心の高まり
- 第2節 複合的で重層的な問題を引き起こす学習困難は教員養成への挑戦である
- 第3節 教員養成の基礎としての新しい教育課程・学校教育法
- 第4節 教員養成プログラムにおける学習困難-オーボ大学の事例
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第11章 「学び学習力」を診断する 教育制度の効果と公正さを点検し改善するためのツール
- はじめに
- 第1節 フィンランドにおける教育の診断
- 第2節 「学び学習力」
- 第3節 フィンランドにおける「学び学習力」関連要素の活用
- 第4節 「学び学習力」に関するフィンランドの研究
- 第5節 対照表
- おわりに
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第12章 ジェンダーの視点に立って
- はじめに
- 第1節 教員養成における男性と女性
- 第2節 教員養成における男女平等促進の義務
- 第3節 教員養成におけるジェンダーの視点の必要性
- おわりに
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第13章 市民性を育てる:教師教育への挑戦
- はじめに
- 第1節 若者による投票率の低下
- 第2節 学校における民主主義の欠落
- 第3節 教員養成機関の文化
- 第4節 学校への真の民主的参加に向けて
- 第5節 学校と市民社会
- おわりに
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第8章 初級学年の読み書き教育のできる先生
- 訳者あとがき 二文字理明
- 付録
- 執筆者一覧
- 用語解説
- 索引
- 参考文献
いま世界は大きく変化しています。この激しい変化の時代のなかで大人になってゆく子どもたちにどのように「教育」すればよいのでしょうか?「教育」の専門家である「先生」はどのような資質・能力を持てばよいのでしょうか?そのような「先生」を育てるにはどのような「教育」をすればよいのでしょうか?
「教育」は決して平面的な営みではなく、階層的で複雑な営みです。 激しく変化する新しい時代に対応した「教育」には、古い考えに囚われない新しい考え方が必要です。そして最も大切なことは、どのような「先生」をどのように養成するかということでしょう。この本『フィンランドの先生 学力世界一のひみつ』の原題は Research-based Teacher Education in Finland: Reflections by Finish Teacher Educators です。フィンランドの教員養成は科学的な研究に根ざしたものであることを誇らかに宣言しています。
フィンランドの教育は、経済協力開発機構(OECD)が2000年から3年ごとに行っているPISA(The Programme for International Student Assessment 学習到達度調査)で好成績を収めたことから注目されるようになりました。2003年調査の数学リテラシーでは、日本は1位から6位へと後退し、フィンランドは香港についで2位となりました。また、日本の科学リテラシー(2位を維持)や新たに設けられた問題解決能力(4位)は比較的好成績でしたが、読解力は14位と2000年の8位から順位を下げました。これに比べ、フィンランドは科学的リテラシー、読解力はともに1位、問題解決能力は3位とさらに順位を上げました。数学世界一の座から転げ落ちたことは、少なからず日本国民に衝撃を与え、従来からの学力論争に油を注ぐことになり、繰り返しや訓練による学力の定着を再評価する傾向も強くなりました。日本からの教育調査団が多数フィンランドを訪れ、フィンランド詣とまで呼ばれています。また、2008年3月28日に告示された学習指導要領で、いわゆる「ゆとり路線」からの転換がはかられ、国語、数学、理科、社会、体育の学習時間数が増加されることになりました。 2007年12月に発表された2006年調査の結果では、日本の数学的リテラシーは6位から10位となり、科学的活用能力も2位から6位へと後退し、読解力も一つ順位を下げ15位となりました。
低下の一途をたどる日本の調査結果を見れば、一刻も早く学習時間の増加をはかるべきだという気持ちになります。学習時間の増加によって学力調査の結果が向上することも期待できそうです。一方で、2003年以降、読み書き・計算の教育に力を入れる学校が全国で増加しているにもかかわらず、今回も順位の低下に歯止めがかかっていないということも不安材料としてあります。さらに、2000年調査を受けた「ゆとり」時代に育った17歳が数学的リテラシーの世界一という結果を出していたことを冷静に考えることも必要でしょう。PISAについては巻末の解説に譲るとして、この調査で問うている学力を国際的に評価される学力と位置づけ、日本の教育の到達度を計測していくならば、日本の教育の方向性を検証する物差しとして有効に機能していくことが期待できます。
フィンランドの教育の成功には、教員の質の高さが大きいといわれています。日本がこれに習うとすれば、教育の基底となる教育への信頼や誇り、期待、責任、役割といったものを真摯に学ぶことから始める必要があるでしょう。先生の社会的位置づけや教員養成のシステムも学ぶべき重要な要素といえます。(略)
この本は、大阪教育大学の「フィンランドの教員養成研究会」によって翻訳されました。(略)
激しい変化の時代を生き抜く子どもを育成することのできる先生を養成するため、本書が活用されることを期待しています。
2008年3月
教職教育研究開発センター 関 隆晴
大阪教育大学副学長 野田文子