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教育を変える ―暴力を越えて平和の地平へ─

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四六判/上製/272頁

ISBN4-921190-02-X

竹内常一(たけうち・つねかず)

1935年生まれ
1960年、東京大学大学院修士課程修了
現在 國學院大學名誉教授
   日本生活指導学会代表理事

著書に
『子どもの自分くずしと自分つくり』
 (東京大学出版会、1987年)
『日本の学校のゆくえ』(太郎次郎社、1993年)
『竹内常一 教育のしごと』全5巻(青木書店、1995年)
おとなが子どもと出会うとき 子どもが世界を立ちあげるとき──教師のしごと
 (桜井書店、
2003年刊)
いまなぜ教育基本法か(桜井書店、2006.6刊)
ほか多数

本体2200円+税

発行
初刷:2000.8.1

10代にいま、なにが起こっているのか。

 恐れのなかの立ちすくむ子どもたちのこころとからだを読み開いて、子どもの現実を切り開く教育基本法の方へ≪普通教育の創造≫を提唱する。

 

目 次

第1章 市民を育てる普通教育
・恐怖と暴力をほどく/・暴力を越えて平和な関係性へ

第2章 子どもの世界の政治化と文学の教育
・ミクロ・ポリティクスと文学の教育/・<再審の場>としての「高瀬舟」

第3章 普通教育におけることばと数
・レジムと国家語―フレネ教育異聞/・どうする 算数・数学教育/ものの量をつかむ感性と想像力のために

第4章 教育基本法の方へ
・いま、あらためて普通教育について考える/・「視点としての総合学習」と「領域としての総合学習」

終 章 子どものための学校
・いま、十代の子どもはどこにいるか/・子どもの現実を切り開く普通教育の創造

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《著者より》

 私は子ども・若者について考えるとき、対極的な二人の少年をいつも意識してきた。そのひとりは、いうまでもない、神戸児童連続殺人事件の加害者とされている少年Aである。そして、いまひとりは、「人間とは恐ろしい存在である」という書き置きを残して自殺した上越の中学生である。私には、この二人の少年は暴力の日常化という今日的状況から生まれた双生児のように思われてならない。しかし、大人は前者の少年には注目するが、後者の少年には注目しない。だが、私は「人間とは恐ろしい存在である」とする後者の少年の感性と良心に深くひかれる。
 このような人間のとらえ方が十代の子どものなかから出てくるのは、かれらがまさに「おかし・おかされる」暴力的圏域のなかにとらわれているからである。「いじめ・いじめられる」世界にあっては、「いじめ」に加わらなければ「いじめられる」ことになるといわれるが、大人はそうした状況を生きる子どもたちの恐怖をどれだけ理解してきたのだろうか。私の周囲にも、「いじめ」の側にまわらなければならないくらいなら、学校に登校しないほうがよいとして、不登校に陥った子どもが少なからずいる。そうした子どもたちにとっては、学校とはまさに「おかし・おかされる」暴力的圏域であったにちがいない。(中略)
 本書を書くにあたって、私は第1章ではジュディス・L・ハーマン『心的外傷と回復』を、また、第4章では、カレル・コシーク『具体的なものの弁証法』を意識し、それらと対話をつづけてきた。本書がそれにふさわしいものとなっているかどうかについては自信がないが、かれらのおかげで新しい教育学的地平に立つことができたと思っている。

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