*ご注文いただく前にお読みください 


中国の資本主義と社会主義―近現代史像の再構成―

著者の言葉を見る
目次を見る

A5判/上製/424頁

ISBN4-921190-28-3

奥村 哲(おくむら・さとし)著

東京都立大学人文学部教授
1949年 北海道の美唄に生まれる
1968年 山口県立岩国高校卒業
1978年 京都大学大学院文学研究科博士課程(史学専攻)単位取得
1981年 名古屋工業大学講師
1986年 東京都立大学人文学部助教授
1996年 現在に至る
著 書 『中国の現代史――戦争と社会主義』青木書店、1999年


 本体4800円
 +税


発行

初刷:2004.12.5

中国近現代史の全体像は
どのように捉えられるのか。
日本の侵略が刻印したものは?

近現代史の流れを
工業化、農村経済、社会統合、国際関係の変容
を視野に分析する。

著者の言葉

  21世紀に入った今日、日本の中国近現代史研究はもはや中国に追随することなく、半植民地半封建社会論からもとっくに解放されている。しかし、我々は本当に自由になったのであろうか? 私は疑問に思っている。近代の中国社会が固定した半植民地半封建社会ではなかったとしたら、社会をどのように動態的に捉えたらよいのか? 国民政府が民族主義的性格をもち、資本主義的発展を目指した政府だったとしたら、どうして共産党に敗北することになったのか? 歴史的必然ではないのに社会主義体制になったのだとしたら、その過程はどう理解すればよいのか? マルクス主義の思想で説明できないとしたら、社会主義体制とはそもそも何だったのだろうか? 私には、これらの新たに起こる疑問に対して、学界が正面から答えようとしているとは思えない。極論の謗りを覚悟して言えば、ただ問題意識の制約がとれただけで、新たな大きな問題がすぐそこに現われたことさえ、見ようとはしなくなっているのではないか? ただ価値観を逆転させただけで、社会主義に替えて民主主義や自由あるいは民族主義を云々しているだけではないのか? 

 たしかに個々の問題については、実証的研究が飛躍的に増えている。しかし、実証がおのずと新たな論理を産むわけではない。総合化の志向を欠いた研究の緻密化は、むしろ知的混迷を深めることさえある。また、総合化を志向するには、研究対象に偏りがありすぎることも、事実であろう。それらの多くは大都市や知識人・政治家、あるいは近代的な産業や制度などなど、当該時期のいわば近代的な部分を対象にしており、人口で大多数を占め、広大で多様な農村にかかわる研究は、驚くほど少ない。たしかに農村を対象とする場合、都市的部分よりも史料上の制約がはるかに大きいし、一般化には多大の困難がともなう。しかし、農村を視野に入れなければ、所詮中国の上っ面を撫でるしかなく、それでは先の設問に答えられるはずもないであろう。

 さらに言えば、私は先の設問にはいずれも日本の侵略が大きくかかわっていると考える。もしそうだとするならば、そうした設問に対して、日本の研究者こそ率先して取り組むべきではないのか? そもそもこうした設問抜きに、学生や市民に対して、中国近現代史の大きな流れが描けるのだろうか?

 戦後の中国研究は、戦前の研究の多くを清算的に否定し、空白状態のまま出発して、中国の見解に追随することになった。いま、マルクス主義の社会構成体論に対しても、これを清算的に否定し去るだけでよいとは思えない。それでは、新たな一過性の流行への追随を、今後も繰り返すしかないからである。いまこそ、政治・社会や経済を有機的・統一的に把握する、新たな方法と歴史像が求められており、そのためには過去の理論や研究を切り捨ててしまうのではなく、内在的に克服していかなければならないと思う。本書は、そのための私なりの模索の過程と、現時点での認識を示そうとするものである。

著者の言葉に戻る 
目次を見る 
ページの初めに戻る 

目 次

まえがき

序に代えて ――日本における近現代中国の社会構成体論と社会主義体制観――

 

第1部 抗日戦争前の資本主義化と国民政府 ――江南の蚕糸業を素材として――

第1章 抗日戦争前中国工業の研究をめぐって

第2章 恐慌前夜の江浙器械製糸業

第3章 恐慌下江浙蚕糸業の再編

 補論1 国民政府下の経済建設

第4章 恐慌下江淅製糸業の再編再論

 

第2部 近代化と「農民層分解」 ――江蘇省無錫県付近を中心に――

第5章 養蚕業の展開と農家経営の変遷

第6章 江南の近代化と農業経営

第7章 中国農村派の無錫農村調査 ――下降分解論批判――

第8章 「農民層分解」に関する諸説の検討

 補論2 農村社会の変容過程

 

第3部 中国の資本主義と社会主義 ――近現代史像の再構成――

第9章 旧中国資本主義論の基礎概念について

 補論3 村松祐次『中国経済の社会態制』をめぐって

第10章 中国の資本主義と社会主義 ――東北の位置に注目して――

 補論4 和田春樹『歴史としての社会主義』をめぐって

第11章 近現代中国における社会統合の諸段階

あとがき

 

著者の言葉に戻る
目次に戻る
ページの初めに戻る